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十四 寄り道
「坂上先生!」
正面玄関に差し掛かったところで、聞き覚えのある元気な声が聞こえた。
「あれ……」
「こんにちは」
愛子ちゃんが和美と一緒に待っていた。
和美は女子に優しいし、社交的だ。モテると言うよりは、女友達のように馴染む。
二人は顔見知りではあったはずだが、もう随分と仲が良くなったように見えた。
「愛子ちゃん?どうしたの」
「ちょっと二人に確認したいことがあって……」
この前の元気な様子とは違い、愛子ちゃんは何か悩みがありそうな顔付きだ。
「話が長くなりそうだから、どっか甘いもん食べに行かないか?いつもと違う道の方が安全かも」
そういえば今朝、この前食べたがっていた白玉善哉をまだ食べていないとこぼしていた。
「自分が善哉食べたいだけだろ」
「兄貴が啓が困ってたら使えって、車代をくれた。珍しく気が利くだろ?」
和美は無駄に楽しそうだ。
「それなら僕もお祖父さまからもらった」
「じゃあ、愛子ちゃんの分を俺が奢る」
和美は反論が出る前に、素早く刑事たちの車に駆け寄り、しばらく話すと、笑顔で手招きをした。
彼らの車で、いつもの帰り道からは少し遠いが、画室高梨には近くなる甘味処に向かい、和美は嬉々として念願の白玉善哉を頼んだ。
「それで、どんな話?」
愛子ちゃんは言いにくそうに声を潜めて、僕をちらりと見た。
「英介が……坂上先生に売るはずの絵を、江角先生の家に運んでいるのを見て、知らせにきたの。坂上先生も知ってのことなのか、気になって」
「えっ」
驚く僕と違い、和美は特に取り乱さず、もぐもぐと白玉を頬張り、ゆっくり味わってから、茶を飲んだ。
「なるほど。江角先生は金には不自由してないよ。高梨先生の絵を買うのも朝飯前だろうな。俺が他より安い月謝で絵を習うことが出来るのも、そのおかげだし。けど、高梨先生は買い手を選ぶっていうからなぁ。江角先生に売るのは考えにくいかな」
「僕もそう思う。あの二人、あんまり仲良くないし……いや、お互い遠慮がなくて親しいのは確かだけど、何て言うか、戦友とか宿敵って感じだよ」
和美の師である江角久子は裕福な貿易商の娘で、財力も人脈も実力もある。
英介さんとは藝大の同窓生だ。対極にあるような作風で、競い合っていたと聞いている。ただ、英介さんは元々、人と競うのが嫌いだ。一方的に敵視されていることに疲れているように思える。
「英介があの人のこと苦手なのは知ってる。だから、変じゃない?何かあったのかと思って心配で」
「あ、高梨先生の画室は、江角家が貸してるって聞いたな。江角先生も普段は反発して見せてるけど、高梨先生のことは好きだと思うよ。だから、啓を妬んでるかも」
「英介が坂上先生を描いてるからよね」
「はっ?そんなの知らない」
思わず、熱い茶の入った湯呑みを取り損ねるところだった。
二人は結託した様に、同じ顔で僕を見た。
「啓を知っている人間が気を付けて見れば、お前を描いてることはすぐわかる。高梨先生はもしかしたら、意識してるわけではないかも知れないけど」
和美は、澄ました顔で茶をすすりながらそう言った。
「意識はしてる。本人にわからない様にしてるの。英介は、坂上先生に会うまであまり実在する人物を描かなかった。画家になる前は、諭介をよく描いていたそうだけど――あの絵は、坂上先生を描いた最初の絵」
あの絵の人物は、こちらを向いていないから、描かれた人間にはわからない。
「でもさ。高梨先生なら、あの建物を借りなくたって絵を描く場所はあるし、北原氏に頼めば、いくらだって都合はつくだろ?」
少女は首を振った。
大人びた話にも調子良くついてこられる彼女はやはり、賢い。
「英介はそういうことで諭介に頭を下げたことなんて、一度だって無い。あの画室は、思い出のある場所なの。私たち家族にとってはね」
「どうする?啓」
「……教えてくれて、ありがとう。これから寄って、直接、英介さんにきいてみる」
和美と愛子ちゃんはその後も話がはずんでいたが、上の空になってしまった。
暗くなる前に帰宅したいのもあり、食べ終わった器が下げられてしまったところで、おとなしく店を後にした。
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