二十三 目撃

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二十三 目撃

 警察の事情聴取では、小出と最後に会った日や、学校での様子などを聞かれた。  さすがに僕が見た夢の話はするわけにいかず、すぐに終わった。  警官たちは出て行ったが、小出が心配だった。  呼び鈴が鳴り、英介さんが玄関を開けると、心配そうな顔の江角先生と、和美が立っていた。 「何かあったの?また坂上くん?」  まだ警察官が何人か、画室の前の道にいるのが見える。 「いや、坂上はここにいる」  英介さんが二人を招き入れ、僕が顔を見せると、和美が駆け寄って来た。 「啓、無事だった!良かった」 「和美。電話しようと思ってた」 「今日は朝からアトリエで描こうと思って、早起きしたんだ。昨日はごめんな。愛子ちゃんも気にしてた」 「うん。大丈夫」  心配してくれたのが嬉しくて、聴取の緊張が一気に解れた。 「ちょっとやだ、もしかしてあのまま泊まったの?坂上くん、この男に何かひどいことされたら、あたしに言いなさいね」 「まだ何もしてない。熱を出したから、ここで看病してるんだ」 「熱があるの?大丈夫?まだってことは先があるわけ?」  江角先生の鋭い追及に、英介さんはややたじろいで黙った。 「雨で体が冷えただけなので、もう大丈夫です」 「踏んだり蹴ったりでかわいそうに。後で何か美味しいものお見舞いに持って来るね」  激しいが、いい人だ。  もしかしたら、凄く面倒見がいいだけなのかもしれない。姐御肌というやつだ。 「久子、今度は小出くんの方だ。行方不明らしい」 「行方不明?」  和美が先に驚いて、僕が頷くと、江角先生は目をぱちぱちさせた後、 「は?あたし昨日見たけど」  と、素っ頓狂な声を上げた。  意外な目撃者の登場に、昨日見た夢を思い出す。  あれがもし、実際にあったことだとしたら―― 「昨日あんたたちと話してから帰って、すっごい雨だったから、暗くなるまで上から見てたんだよね、外。この辺は高台だからいいけど、坂の下は浸水するんじゃないかと思って」 「どこに行きました?」  僕が尋ねると、江角先生は、思い出しながら身振りを交えて答えてくれる。 「小出くんは最初、傘をささずに歩いて来て、後から来たもう一人の傘に入ったの。で、そこの空き家の門から二人で入って行った。あそこはうちの親じゃなくて、布袋さんちが持ち主だから――えーと、技術はあるけど七光りの息子よ。不吉な石膏像つくる子。あの子と一緒に。凄い模様の傘だったから間違いないはず」 「充くんかな。あの傘は、うちの叔父さんの杖を作ってる彫金師の特注品だと思うよ。叔父さんもさ、画廊で仲介してるから宣伝になるって、別に足は悪くないのに杖を持ってるんだ」  英介さんはそう言うと、応接用のテーブルの方に僕たちを座らせて、お茶を用意し始める。  学内の展示で見た石膏像の記憶はある。頭が牛の怪物、ギリシャ神話のミノタウロスが、男を(なぶ)り殺している像だったはずだ。  ――名前は縁起よさそうなのに、不吉なもん作るよなあ。  和美がそう言っていたので、多分そうだろう。 「そうそう、充くんだ。諭介さんなら似合うかもね、あの傘。むしろ、諭介さんにしか似合わないかも。充くんが小出くんと仲いいっていうのは意外。作風は遠くないけど、小出くんの絵はもっと上品で優美な感じなのにね。パトロン候補ってことならわかるけど、あんまり評判良くないんでしょ、充くんは」 「あんまりっていうか、評判悪いよ」  江角先生と和美は、いつも女友達同士のような会話をしている。 「久子、それ警察の人にすぐ話した方がいい」 「うん?まあ、家に帰ってないならまだ一緒にいるんじゃない?ただ、夜もあかりがついてなかったから、見てない時に移動したかもしれないけど。普段住んでるのはあっちの角の家だから、充くんが空き家を新しくアトリエにするのかと思ってた。ちょっと行ってくるね」 「あ、俺も行きます。兄貴に連絡したい」  二人が出て行き、英介さんが席に着いたので、僕は夢の話をすることにした。 「僕も昨日、熱で倒れた時に夢で見ました。江角先生の言ってた家に、小出が誰かと入って行くところ」 「夢?」 「小出はあの三毛猫を抱いてて、猫は怪我してるみたいだった。後ろにいた人は顔が見えなかったんですけど、さっき言ってた傘の持ち手が、北原さんの杖と同じ意匠だったと思います」 「その場にいないのに、現実の風景を幻視したってことか?凄いな」 「自分が探しているものとか、強く思っていることと、相手側が僕に伝えたいと思っていることが一致すると、それが伝わることがあるみたいなんです。電波とか、無線みたいな感じなのかも」  自分の思い通りに使えれば凄い能力だと思うが、今回は知り合いばかりの事件だったからで、普通の夢との区別もよくわからない。宝の持ち腐れとはこのことだろう。 「猫と小出くんが君に伝えたいことがあって、布袋くんはそうじゃなかったから、あまりよく見えなかったってことかな」 「それか――色が暗すぎたのかも」  布袋先輩を眼帯なしで見たことがないから、それは検証できない。 「僕の気持ちもなかなか、正しく伝わらなかったけどね」 「さっきそれが伝わったから、仕組みがわかったんです」  拗ねたように言った英介さんは、僕がそう言うと、少し笑った。
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