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二十四 疑惑
北原の聴取を終えた無流は、和美からの電話で小出と布袋の目撃情報を聞き、パトカーで画室高梨に向かっている。
志賀警部主導で、布袋に関連する建物の捜索は進んでいる。
石膏型の作業場はすぐに判明した。
布袋至の建築の特徴である壁や天井のレリーフを試作する工房を、充は自由に出入りし、使えるらしい。
別宅と言われていた布袋充の住居には誰もいなかったが、室内に手掛かりがないか捜索中だ。件の空き家は応答がなく、令状を持って無流たちが入ることになった。
「無流さん、相当やな奴みたいですよ。布袋充。今ね、愛子ちゃんからも聞きました。北原さんの顔や右目にも、かなり執着していたらしいです」
道中、相棒の瀬戸晴己が、布袋の同級生たちから得た情報をまとめて報告してくれている
「らしいな。モデルになってくれと何度も言われて、布袋の両親に頼んでようやくやめてもらったらしい。親父も手を焼いてるみたいだ」
瀬戸は、大柄な無流より更に大きい。目立ってはいけない捜査にはあまり向かないが、有能だ。見た目通り体力もあるし、柔道もまあまあ強い。だが、本人は読書したり、頭を使う方が好きらしい。
無流への報告時だけ、自分の感想を入れてくること以外は、報告は整理されていてわかりやすい。何より聞きやすい、いい声だ。黙っているとぼうっとした印象だが、笑顔は人懐っこく、育ちきった秋田犬のような、穏やかで人の好い優しい若者だ。
瀬戸が無流の相棒になったのは、班の中で無流が一番背が高かったからだ。身長差があると歩きながら話すのが大変そうだ、というだけのくだらない理由だったが、結果、お互い得をした。
「早く捕まえて、警部と無流さんとお酒が飲みたいな」
志賀警部も瀬戸には甘い。部下とあまり飲みたがらず無流ばかり付き合わされていたのが、酒に強く、帰る方向が同じ瀬戸が加わってからは、酔い潰れた警部を瀬戸が律儀に毎回、家まで送り届けてくれている。
「瀬戸、お前。奢りだからってあんまり飲みすぎんなよ」
普通は常に二人一組で捜査をするものだが、志賀と無流がその情報整理能力を買って、瀬戸を伝令役に任命した。犯人が捕まらないのは、警察無線が犯人に傍受されているかもしれないと用心しての措置だ。
今のところ瀬戸は、電話や電報、巡回用の自転車やパトカー移動での資料配布等を上手く使い分け、複数の事件の情報をまとめて各班に伝える役目を完璧にこなしている。探偵小説の登場人物を覚えて、推理に必要な情報をまとめるのが好きだと言うだけある。
犯行現場の範囲が狭いからできることだが、犯人からも、全てを見渡せるような場所から見られているような不快感が、ずっとある。
「聞き込みは指示通り、布袋充も行方不明って前提で聞いてましたが――誰かに恨みをかうようなことがなかった――という質問で、ほぼ全員があると答えた。切り取り魔の被害者の名前は含まれませんでしたが、相手をしぼりきれないぐらい嫌われてる。いい子で礼儀正しい小出くんとは正反対。話聞いてるだけで嫌いになってきちゃいました。無流さんこいつですよ。当たりです」
無流相手には楽に話すよう言っているのもあるが、瀬戸は緊張感のない話し方のまま、こちらを向いて頷いて見せた。
先入観があるのは確かだが、知れば知るほど、犯人に近付いている気がしてくる。
「神話が好きで、作品が不気味で残酷だそうです。布袋本人は芸術家を目指してるみたいですが、教師たちからは、職人の方が向いてるって意見が多かった。でも、父親が学校に多額の寄付をしていて、みんな滅多なことは言えないと。親の人脈と交渉力を含めれば商才はあるって話です。それも才能だとは思いますが、この――交渉力ってね、金にものを言わせるとか、人の弱みを握るとか、うんと言うまでしつこくするとか――つまりは脅しですね。小出くんも脅されてるんじゃないかって心配してた人が複数いました」
怪奇幻想趣味があり、題材がやや猟奇的である。作品は世界各国の魔物やいわゆる悪魔、神話の残虐な場面などを基にしたものが多かった。
無流は実家も寺だ。遺体は小さい頃から見ていたが、戦時中を思い出してしまうので、グロテスクな絵画は全く好みではない。戦国時代の合戦の絵や、地獄の絵図でさえ辛い。無流は学徒出陣でかり出されそうになったところで、終戦を迎えた世代だ。布袋たちの世代はまだ小さかったから、無流の世代と戦争体験の影響が違うのかもしれない。
もし犯罪の捜査中でなければ、猟奇趣味は大衆文化的にもさほど珍しくないし、問題にはならない。
殺人事件の話は、現実の脚色でも小説でも売れるし、切り取り魔を面白おかしく、おどろおどろしく書けば書くほど、カストリ誌は売れている。まだ誰も死んでいないからといって不謹慎そのものだが、いつの世も、大衆は下世話で残酷な物語が好きだ。
無流の滞在中も、北原画廊には来客が少なくなかった。北原が仕入れや営業が上手く、ちょうどいい具合に人を呼んでいるというのもあるが、それだけ奇妙で不思議なものへの需要があるということだろう。
「小出くんと揉めていた証言はありません。ただ、連続傷害事件の起こるもっと前、モデル候補との交渉で何度か揉めたらしい。交渉して断られたから、交渉せずに襲うことにしたんですかね。相手の名前は聞きましたが、今までの被害者とは違いました。残念です」
そのやり方で出来上がったものなら世間には出せなくなるわけだが、自分の執着するものを理想の形にしたいとか、収集したいだけで、人に見せる必要はないということだろうか。
犯人が標的をどのように知り、選べたのかがまだはっきりしていない。畸形であることを隠すことが多いだろうし、日常生活では他人に見られない部分まで、切られている。
布袋の周辺で被害者たちについての情報をつかめる機会があれば、また彼が犯人だという裏付けになるが、まだその情報はなかった。
「無流さんが必ず質問しろと言ってた、本人のどこかが畸形だという情報が今のところないですね。無流さんがはずすなんて珍しいから、多分、見えないところですよ。親に聞いてもらっています。西欧風の建築で有名な建築家の息子で、神話が好きな割には、服装がやや古風ですよね。書生服でしょ。冬場はマントを着てるそうです。マントを持ってるのは確実です」
画廊で会った時も、足元は下駄ではなく革靴だったが、長袖の白いシャツに着物、袴、黒い靴下だった。
瀬戸を連れ、無流は画室高梨の前でパトカーを降りた。
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