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二十七 地図
「僕が雨の日に猫だけ見た時は、入ってすぐ、左の方に消えました。夢で見た小出も同じ方向に行ったと思う。家の中じゃなくて、外側に何かあるのかも」
「椎名、ここの空き家の噂話なんかは?」
「ここは、変な噂は聞かないかな」
金属製で格子状の門扉には錠が無く、簡単に開けられる作りだ。
庭には何も植わっておらず、外壁は板塀だが、高さも厚みもある。
門から入り、小出たちが向かった先を覗くと、あの猫がいるのが見えた。
「ああ、います。やっぱりあの辺りに何かあるんだ」
啓と目が合うと、庭の隅にある物置の裏に消えた。
「そこに入った」
「ああ――塀に穴があるな。猫ぐらいの大きさなら、塀の向こうに行けるようになってる。兄貴、この向こうって何?」
「防火用貯水槽だな。猫はともかく、人が入ったり隠れたりできる場所は無さそうだが」
画廊のある通りは坂道の上にある。江角先生の部屋から他の屋敷より広範囲が見渡せるが、こちら側は見えない。
物置の脇にあった木箱に乗り、塀の向こうを覗き込む。
「何か見えるか」
空き家の板塀との境から下に向かって、五メートルほどの急な斜面になっている。大きな岩をセメントでつないだ擁壁なので、凹凸があり、猫なら足掛かりを見つければ降りられなくはないだろう。
「斜面の中に消えました。この真下です」
覗き込むことはできるが、壁沿いに蔦が絡まっているのと、雑草が邪魔でよく見えない。
無流さんと八重さんが、地図を確認する。
「ねえ、あたしの地図とその地図違うよね。そっちの方が新しい?」
「あぁ――なるほど、防空壕の跡だな。この壁までが布袋の土地で、物置と位置が重なってるから紛らわしいんだ」
八重さんの持っている地図は謄写版で複写されたものだが、無流さんの持っている地図より詳しい。細かい住宅地図に庭木や住宅の門等の配置の書き込みがされている。記者たちが更新しているもののようだ。
「そういやこの辺、夜中にどこかから赤ん坊の鳴き声がするっていう、最近できた怪談があるんだよね。近所にそれらしい赤ちゃんはいなかったから猫かと思ったんだけど、あたしがうろついてた時は聞こえなかったし、場所が特定できなかった」
ここから塀を越えて下まで行くなら、下の道から貯水槽の敷地に入り込むほうが楽だが、かなり遠回りしないと、高台から下に降りる道は無い。
貯水槽のある区画は有刺鉄線のある金網で囲われていて、隣接する敷地との境界には細い水路の跡のような溝がある。下からなら子どもや、細身で小柄な人物なら入り込めなくはないだろう。
小出は僕より小柄だ。ここにいる中だと、無流さん以外は入れそうだ。
「行ってみようよ」
和美が言って、来た方を振り返ったところで「えっ」と声を上げた。
八重と啓がそちらを見ると、薄汚れて前足に布を巻かれた三毛猫が、こちらを見ていた。
「待って、あたしにも見えるんだけど」
「ありゃ本物だ。俺にも見える」
本物の三毛猫だ。僕が絵に描いた時よりも汚れて痩せている。
「何かくわえてる」
八重さんがそっと近寄るが、逃げる様子はない。手を出すと、猫は素直にくわえていた布をはなした。
「小出動物病院の手ぬぐいだ」
三毛猫は和美のその声に返事をするように、にゃあんと一声鳴いた。
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