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三十四 夕焼け
八重さんは無流さんと一緒に捜査に戻ってしまい、小出は迎えにきた親御さんと帰宅した。
英介さんは台所を、僕は和美と教室を片付け、画室高梨はやっといつも通りに整った。
「啓、俺と帰っちゃっていいの?」
「お祖父さまに夕食までに帰るって電話したから、普通に帰るよ」
「え、そうなの?なんだ」
僕が話す前から探りを入れられたので、和美は、僕と英介さんがお互い気持ちを伝えられたことを知っている。
顔が赤くなるのをごまかせず困っていると、英介さんは優しく微笑んだ。
「標文先生も心配だろうから、早く帰ってあげて。落ち着いたらいつでもおいで」
「はい。ありがとうございます……ご迷惑おかけしてすいません」
「俺も、ごちそうさまでした。今後は邪魔しないようにしますんで」
門まで出てくれた英介さんに手を振り、まだ残って地道な作業をしている警察関係者を横目で見ながら、帰路を急ぐ。
「なんだよ。ゆっくりすればいいのに」
「なんか、意識しちゃって」
「今までもお前はそうだったろ」
「……確かに」
言われてみれば僕はずっと挙動不審だったので、英介さんから見れば理由がはっきりしたこと以外、何も変わらないだろう。
「あ~あ、いいなぁ。恋愛としては実らなかったけど、俺も今んとこお前が、人間の中では一番好きだからな」
人間の中で、というのが和美らしくて、笑ってしまう。
「うん。僕も好きだ。もし英介さんに振られたら、慰めてくれよな」
和美はいつも僕を勇気づけてくれて、愛してくれる。僕だけでなく、周りの誰にもそうだから、愛されるのだ。
嘘のない真っ直ぐな輝きが、いつでも眩しい。
「そんなことになる前に、相談しろよ。のろけてもいいから俺にも構ってくれ」
「お前は学校でいつも会えるだろ、それに、僕よりモテるんだし」
「無害で、女の子と同じ感覚で遊べるから同調してるだけで、モテてるわけじゃないよ。男も、あんまりガサツで男臭くても合わないし、高梨先生みたいなハンサムもなんか違うし、女形みたいに扱われても困るしなぁ」
人に好かれる分、遊び人だと誤解されることも多いが、和美は僕よりよっぽど純粋だ。
「和美の良さをわかってくれる、優しくて強くてかっこよくて頭のいい人が見つかるよ」
「だといいけど」
鮮やかな夕焼けに照らされて、僕らは顔を見合わせて笑った。
「布袋先輩、大丈夫かな」
「あれだけ親身になってくれる友達がいれば、なんとかなるだろ」
「創作活動って、それが誰の影響で成り立ったとしても、どうしても自分らしさから逃げられないから――小出が作品を認めてくれたことで、先輩は救われたのかな。僕も、お祖父さまと先生と、和美が認めてくれたから、自分と向き合う勇気をなんとか出せてる感じだけど」
「そうかもな。そんなことでお前が元気になるんなら、いくらでも褒めるぞ」
褒めるというより、自分らしいと言ってもらえるのが一番嬉しい。
「ありがと。犯人が、人を救える力も技術も持ってても――あんな形でしか使えないなんて、空しいだろうなと思って」
「先輩がそっち側にならなくて良かったな。被害者が一人も出なければもっと、良かったけど」
「……うん」
ひやりと首筋を抜け、背後から夜の空気が迫る。
「あ、そういや兄貴もなんか、北原さんといい感じみたい」
「えっ、そうなんだ」
捜査の間、北原画廊に寝泊まりしているとは聞いていたが、無流さんは情や男気はあっても、色気は極力見せないから、意外だ。
「うちを出て行くのも時間の問題だな。姉さんとは、寺に残るのは俺が二十歳になるまでって約束してたし――兄貴は本当に頼れる人だから、苦労の多い人に好かれるんだ」
「ああ、それはわかる。いるだけでなんか安心するよね。小出を迷わず抱き抱えて運んでる時、凄くかっこよかった」
和美の実家の寺は、人助けをする人間が自然と集まると聞いていたが、和美も無流さんも、本当にその通りの人柄だ。
「啓と高梨先生より、進展が早いかもな」
「僕がもうちょっと大人っぽければなあ」
「お前はあと十年はそんな感じだろ。どうせそのうち、嫌でもおっさんになるんだからさ」
「英介さんも、かわいい時あるから、自分が無流さんみたいだったらなあって思う」
「おっ、そっちもか。まあ、お前のお願いは全部聞いてくれるだろうけど、かわいいうちは素直にかわいがられとけ。は~……兄貴もお前も相手してくれなくなったら、本当につまらないなぁ」
和美はまたそう言って、心底さみしそうにため息をついた。
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