七 看板娘

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七 看板娘

「ごめんください」  北原画廊に呼び出され訪ねたが、帳場に誰もいないので、少し大きめに声を張る。 「はーい」  奥の部屋から返事とともに、とたとたと軽い足音が向かってくる。 「北原さんはいらっしゃいますか」 「あっ、あなたが坂上先生ね?」  十代に見える黒髪の美少女が現れ、花が咲くみたいに笑った。  何度か画材を買ったことはあったが、ちゃんと話をするのは初めてだ。  おそらく血縁者なのだろう。北原さんによく似ている。 「坂上先生がいらっしゃいましたー!」  少女が奥の座敷に向かって元気に声を張り上げると、すぐに北原さんが出て来た。 「やあ坂上くん、いらっしゃい」  今日は落ち着いた縞の着物に濃紺の羽織で、この前の洋装とはまた違う美しさだ。 「こんにちは」  北原さんはにこやかな顔を急に険しくし、少女を睨む。 「おや愛子(あいこ)。お客様に座布団もお出ししていないんですか?お茶は?」 「ごめ~ん諭介」  一瞬、少女を虐げているのかと心配するも、少女は少しも悪びれずに、僕に素早く座布団を用意した。 「申し訳ありません。諭介叔父様、でしょう?」 「いちいちそんなに長く言ってたら、日が暮れちゃう」 「私に注意される時間の方が、長いじゃありませんか」 「あの……お構いなく」  北原さんは溜息をついて、僕の向かいに座った。 「すまないね。とんだ無礼者で。北原愛子。私の姪です」 「いえ。構いません」 「ほら!世間はこう言ってくれるの。諭介は普段の言動は軽いくせに、そういうところが堅くて嫌よ。まあでも、坂上先生にはもっと丁寧にしようかな。煙草くさい自称紳士のおじさまや、厚化粧で香水臭いおばさまとは違うものね」  お茶を出しながらよく喋る美少女に気圧される。  物腰の柔らかい印象だった北原さんが、いつもよりはきはきしているのも、彼女のたくましさのせいだろう。 「口が過ぎますよ。愛子」 「あら。ここにもそんな人来るかしら」 「あぁもう!騒ぎたいなら奥に行っていなさい」  人形も、この少女には調子を狂わされるようだ。  少女も人形の様な外見ではあったが、その生き生きとした振る舞いがそうさせない。  皮肉の言い方は、和美と似ている気がする。賢くて、自分の魅力をわかっている人間の話し方だ。 「もう騒がないわ。坂上先生ともっとお話したいもの」  少女はそう言うと自分でも座布団を用意し、自分の前にもお茶を置いて、北原さんの隣に座った。 「本当にすまないね、坂上くん」 「いえ」 「英介が厳しく決めたので、君には心配ないだろうが、後で何かあるといけないので、きちんと書面にしました。英介や標文先生と確認して、契約書にご署名をお願いします。必要なら私が受け取りに参ります」  美しい人というのは何をしていても美しいが、北原さんもこういう時には、流石に仕事用の顔になる。 「わからないことは、遠慮無く尋ねて下さいね」 「はい。今のところは大丈夫です」  よろしくお願いしますとお互い頭を下げて、ようやくお茶をすすった。  愛子ちゃんは宣言した通り、にこにこと僕たちを見守っている。 「そういえば君、英介の絵を予約しているんだってね」 「はい。僕が買えるまで、他の人には売らないと約束してくれました」 「私もそうしておけば良かった。あの絵――モデルは誰か、ご存知かな」 「いえ……」 「まあ、ご存知ないの?」  愛子ちゃんが驚いて身を乗り出したのを、北原さんが押さえる。 「英介からいずれ聞けるはずだ。それまでは余計なことは言わないでおきます」  気になって愛子ちゃんと目を合わせたが、拗ねた顔で口を閉じている。  カラカラという音に戸口に目をやる。 「ごめんください」  坂上、と小さく言って入ってきたのは、小出だった。  目礼して、腰を上げる。 「小出くん、いらっしゃい。すまないね。急に呼んで」 「じゃあ、僕はこれで」  愛子ちゃんが僕に何か言いたげにこちらを見ていたが、書面を鞄にしまい、画廊を後にした。
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