出会い

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出会い

 「あーッ」  遅刻しそうになって、駆ける様な早足で歩いていた岩代は歩道にできた水溜りで足を滑らせ、尻餅をついた。 「なんて日なの。ツイてない」起き上がる時に、ふと、水溜りに小さな人形が落ちているのに気付いた。放っておくのが可哀そうで、とっさに手にとって、そのまま会社のビルに駆け込んだ。  「なんだ、又滑り込みか? だらしないぞ」課長の一声に、  「すみません。寝坊しました」頭を掻き掻き慌ただしく席につく。  スカートはびちょびちょ。徳田岩代はタオルを敷いて椅子に腰掛け、拾って来た人形を見ると、5cm位の日本人形だった。おかっぱ頭でまだ子供のよう。可愛い丸顔で赤い絣のような粗末な着物を着ている。「可愛いぃ。友達になろうね」、濡れた人形を丁寧にティッシュで拭いて、ちょこんと机の隅に飾った。  「貴方(あなた)、同級生だった花子ちゃんに似てるね。これから、花子ちゃんって呼ぶね」  少しぼんやりで人見知りの岩代は、会社で親しい友達がなく、独りぼっちだった。もう入社8年のアラサーだけど、派遣社員なので、何時迄もコピーやデータ入力等の簡単な仕事ばかりやっている。後から入った若い子達がどんどん難しい仕事をして、活躍しているのに。でも、岩代自身はいたって悠悠(のんびり)していて、『簡単な仕事の方が私に合っているわ』と心の中で割り切っている。  一風変わった岩代は課長や他の社員にとって、些かお荷物になっている。其れどころか、課長は『人件費も節約しなければならないし、あんまり役に立たないし、そろそろ契約を打ち切ろうかな』等と考えている。
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