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生物兵器
静かな部屋。
私以外に誰もいない。天井から、声がする。パパの声だ。
「何か欲しい物ある?」
「…………」
「そう……。何かあったら、パパに教えてね」
「はい」
「じゃあ、次の悪者退治もお願いね」
「はい」
ビーーーーーッッ!!!!
目の前のドアが、開いた。少しだけ外が、見えた。私が知らない外の世界。
産まれてから、ずっと私はここにいる。この白い部屋にいる。部屋の外は危険だから、絶対に出ちゃダメだとパパに言われている。いつものように私の部屋に悪者が入ってきた。
私は、悪者が嫌い。
パパが、悪者が嫌いだから。
私が彼らを退治しないと、世界はもっとダメになってしまうとパパが前に言っていた。
この悪者は、私を見ると
「あなたを倒せば、ここから出られる。あなたを殺せば……」
「?」
意味が、分からない。でもこの悪者も前の悪者と同じことを言っていた。
私は、少しだけ。この悪者と話をすることにした。
「ここから出て、どうするの?」
「そんなの決まっているじゃない!! 家族のとこに帰るの。あなたにもいるでしょ? 家族が。心配してくれるパパやママが」
カ……ゾク?
ママはいないけど、私にはパパがいる。まだ一度も会ったことがないパパ。いつも声だけ。
パパは、家族?
分からない。
「ごめんなさい。あなたには、悪いけど。私は、私は………。もう帰りたいの!!」
悪者は、いつものように首に大きな注射を突き刺した。中の緑色した液体を流し込む。十秒もしないうちに悪者の体が、だんだんと大きくなる。
「だがら………死んデ……」
私を襲おうと向かってきた。鋭い歯。爪。尖った耳。
「やっぱり……。悪者は、み~んな一緒」
私を傷つけようとする。仲良く出来ない。
ピギュッ……。
私は、思い切り悪者の顔面を殴った。すると悪者の頭から、ブリュッと脳ミソが飛び出て、目玉や良く分からない血の塊が、部屋に散らばった。
あ~ぁ。また、部屋が汚れちゃった。
「良くやった。さすが、パパの娘だ」
「ねぇ、パパ……。パパは、私の家族なの?」
「あぁ……」
パパ……。なんで嘘をつくの。
悪者退治がパパの予想より早く終わると、暇な時間が私には残る。
私の部屋にある暇潰しの道具は、お人形と本が二冊だけ。
あっ!
お菓子の残りが少ないから、大事に食べなきゃ……。パパにまた頼まないといけない。
私は、チョコ味の飴を舐めながら、何度も読んだ本をまた最初から読み始めた。主人公の女の子が、無人島で暮らす話。でも、なぜか最後の数枚が破られていた。だから女の子が青い海を見つめ、何かを言おうとしている場面で話は終わっていた。
「…………」
本を閉じ、私は真っ白な床に寝転がった。手足をバタバタ動かす。海で泳ぐフリ。
海。見たことない。きっと、私の想像を越えたもの。
「海……見たいな」
パパは、この部屋から出ることを絶対に許さない。だから私は、死ぬまでこの部屋にいるしかない。その事を考えると胸が痛くなった。たまに目から涙も出る。
これって、体の病気かな?
今度パパに言って、お医者さんに診てもらわないと。
「……………」
天井には、黒いスピーカーとこの部屋の空気を浄化する装置が設置されている。
部屋の前方には、扉がーー
本気を出せば、あの扉ぐらい破壊出来そう。そうしたら、外の世界を見れる。
ダメダメッ!
パパを困らせちゃダメ。それに外は、危ないし。
もう………考えるのはよそう。私は、今のままでも十分幸せなんだから。
ビーーーーーーーッ!!
ビーーーーーーッ!!
今まで聞いたことのない音が、白い部屋に響いた。
なんだろう………。
「パパ? 何、この音」
返事がない。スピーカーからは、遠くで誰かが怒鳴っている声。あと、足音が聞こえる。
しばらくして、パパの声がした。
「部屋から出なさい」
「えっ!?」
「早く出て、あの悪者を殺すんだ」
「でも……パパ。部屋の外は危険だから、前にダメだって」
「いいから早く出ろ! そして、殺せ。それが、お前なんだから」
パパ……。すごく怒っている。
私は、産まれて初めて外の世界を裸足で歩いた。
ペタペタ………
ペタペタ…………
想像じゃない。これが、リアルな世界。
すごく興奮していた。地面から、足が少し浮いているようなフワフワした感覚。頭が痺れ、全身が震えた。
見たことのない、変わった機械がそこにも……あそこにも。
暗い廊下をドキドキしながら進むと、何度も走っている人にぶつかった。
「あっ………ごめんなさい」
すっごく睨まれた。みんな大変そう。
きっと、パパが言っていた悪者退治で忙しいんだね。
「これが、外の世界…………」
少しホコリっぽいけど、面白い。
皆の邪魔をしたら悪いから、私はなるべく壁のそばを静かに歩いた。
薄い壁から誰かの悲鳴が聞こえた。一人や二人じゃない。もっとたくさん。
「…………………」
もう何も聞こえない。だけど、今は私が嫌いなアノ臭いがする。
狭い通路の角を曲がると、綺麗な黒髪の女が立っていた。その人の両手から、血がタラタラと流れている。この人の血じゃない。良く見ると赤黒い床には、首や手足がない人が何人も転がっていた。
「私を殺しに来たの?」
パパが言っていた悪者は、きっとこの人。
「はい……」
「可愛い殺し屋ね。ちなみにアナタは、いつからこの施設にいるの?」
「…………産まれた時から」
「ふ~ん。私は、5歳からだよ。もう15年以上、ここにいる。じゃあ、アナタも【最終段階】まで進んでいるわね……。今まで、この地獄から逃げたいと思わなかったの?」
地獄………。
「地獄は、外の世界でしょ? 危険がいっぱい」
「それは、違うよ。毎日毎日、罪のない少女を生体実験してる。こんな場所こそ、危険だし、地獄じゃない?」
「違うっ!!」
シュッッ!!
私は、目の前の女の胸に腕を突き刺した。
避けようと思えば、回避できたはず。
それなのに…………。
後ろから、パパの声がする。早く殺せと怒鳴ってる。女に腕を掴まれると、少しも抜くことが出来ない。今までの悪者とは全然違う。獣みたいに醜くならないし。
「あなたみたいに良い子は、こんな場所にいたらダメだよ」
頭をゆっくり、撫でられた。
「………悪者のく…せ…に」
どうして。
どうしてーーーーーー。
あなたは、こんなに優しいの?
女は、私の頭を撫でながら静かに死んだ。微笑んだまま。こんなに綺麗な死に顔は、今まで見たことがない。
「良くやったっ!!偉いぞ。 ご褒美に、お前の大好きなケーキをあげよう。大きい苺をたくさん乗せて。だから、ほら。パパと一緒に部屋に戻るよ」
「…………………」
本の中の女の子。今なら彼女が海を見つめ、何を言おうとしていたのか分かる。
「外の世界を見たい……。だから私は、ここを出ます」
「なに? はぁ………。お前もか………。どいつもこいつも不良品ばかりだ」
ごめんね、パパ。もうあの部屋には戻らない。戻りたくない。
だから、邪魔しないで。
お願い。
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