悪魔

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悪魔

「えっ……と、つまり八条院は人間じゃないっ……てこと?」 アホな質問しか出てこない。 「う~ん、正確に言えばね……。私は、試験管の中で産まれた。だから、ママもいないし。でも、この体は機械ではないから、自由に、えっ、エッチぃも結婚も赤ちゃんも出来るよ?」 頬を赤らめ、俺を見上げていた。 夕焼けに染まる教室。まったりとした場の空気。頭の中に八条院の露な姿が浮かんだ。 「………あのさ、まだ信じられないんだけど。そもそも、生物兵器って何するの? 今さ。日本が、どこかの国と戦争中ってわけでもないし。必要性と言うか……理解出来なくて」 「前のパパは、この府抜けた世界に活を入れる為、私を利用してテロを起こそうとしてた。今のパパは、さっき説明したように私の力を利用して、世界の滅亡を企んでた。でも今は、特に何もやることないかなぁ……。兵器としては、長い休み中です」 「へぇーー。ふ~ん。そうなんだ」 何が、ふ~んだ。全然、分かってないだろ、自分。こんなに華奢な体で、どうやって戦うんだよ。……バカらしい。こんな嘘に付き合う必要はない。 「じゃあ、仮にさ、俺に襲われても問題ないな。そんなに強いならさ」 俺は、八条院の前まで行くと両肩に手をかけ、 「…………」 グルッ。 体が、木の葉のように回転し、 気づくと、俺は床と激しくキスをしていた。そんな俺の背を細い左足で踏みつける女。 「私を試そうなんて考えないで。反射的に、殺しちゃうかもしれないから……。仮にね、今この部屋にミサイルが飛んできても私なら余裕で対処出来る。一時間後には、そのミサイルを撃った犯人とその関係者を皆殺しに出来る」 直接、顔を見なくても分かる女の顔。 きっと、悪魔のように歪んでいたに違いない。 「わ、わ、分かったから! 離れろ。………でもさ、さすがに一人じゃ、大国と戦争なんて無理だろ? 盛りすぎなんだよ」 「もう、疑り深いんだから~」 頬を膨らませ、少し拗ねた八条院。袖をまくり、血が出るほど強く左手を引っ掻いた。 そのとき起こった彼女の変異。悪夢を見ているようだった。 八条院の左腕は蠢き、筋肉が盛り上がり、まるで変成岩のような硬さを感じた。腕の太さは、男である俺の五倍以上はありそう。そんな凶暴な腕が華奢な八条院の体から生えており、体のバランスが異様だった。 その時、爆竹の何倍もの強烈な破裂音が教室内に響いた。その後すぐに鼻に焦げた臭いが飛び込んでくる。 「っ!?」 「やっぱり、裏切り者がいたね~」 教室の入口に立つ男子生徒。欠席していたはずの前田だった。彼の右手には、しっかりと拳銃らしき物が握られている。その銃口からは、白煙が今も出ていた。 八条院の口には大きな黒い穴が開いており、飛び散った肉片は壁や机を真っ赤に染めていた。 「うわぁあぁ!」 女のように叫ぶことしか出来ない。 俺は、まだ映画を見ているような感覚でその場に立っていた。八条院は、血だらけの顔で花魁のような妖しい微笑を浮かべながら、落ちた自分の歯を拾っていた。その仕草から彼女の知能の低下を感じ取った。 聞いたことのないミシリ、ミシリと言う音がして、その体はどんどん大きくなっていく。腕だけでなく、全身の筋肉が重曹のように膨れあがり、すぐに八条院の背筋で前田の姿が見えなくなった。俺の目の前にいるのは、もはや八条院ではない。 世界を滅ぼす『生物兵器』そのものだった。 今の八条院にとって、前田は敵ではなく、ただの餌。その後、何発も銃声は聞こえたが、彼女の前では水鉄砲のように無意味な攻撃だった。少しもダメージを与えることが出来ない。傷を負っても、すぐに回復し元の姿になる。先ほどの顔の傷も数秒で完治していた。 「これが、生物…兵器………」 ボキッ、ボキッ。 くちゃくちゃ。 前田は、呆気なく死んだ。声がしなくなると八条院の咀嚼音だけがいつまでも部屋に響いた。 俺は、すぐにゴミ箱に吐いた。どんなに吐いても気分は良くならず、最後の方は、胃液しか出なくなった。 三十分後、ようやく元の姿に戻った八条院。着ていた制服は、ただの布切れと化しており、ほぼ全裸だった。聖母のような尊さ、慈愛さえ感じる裸の彼女に頬を優しく撫でられた。 「竹島君のこと大好きなの。殺したいくらい。これから宜しくね」 悪魔の囁きとは、まさにこの事だろう。
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