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1.こんな私に食べ物を恵んでくれたのは?
冷房も利いていない異臭のする部屋でじっとしていると発狂しそうだった。それに、水道も止まっていて、トイレにも困っていたから、私は近くの公園に行くことにした。
用を足した後、公園をぷらぷらしていたら、遊歩道の隅にスズメが死んでいた。10歳の誕生日を迎えておよそ1ヶ月半が過ぎた、8月半ばのことだった。
遅い午後なのに陽射しはまだぎらぎらしていて、吹き付ける風も異常なくらいの熱風だった。
つついてみても、なでてみもスズメの体は微動だにしない。一切の動きを失ってしまった小さな塊を見ているうちに、体臭のきつくなった皮膚に変に冷たい汗が流れてきて背筋がぶるっと震えた。自分の行く末を暗示されているような気がして、急に体から力が抜けて、私はその場にぐったりとしゃがみ込んでしまった……。
4日も髪を洗っていないせいか、うつむいていると、じっとりと湿っぽくなった長い髪から、クレヨンのような油っぽいにおいがした。
「死んだらどんな感じなの?」
動かないスズメに訊いたところで答えなんか返ってこない……。
そんなことはわかりきったことなのに、声に出さずにはいられなかったのは、ゴミ屋敷同然のアパートの一室で、息絶えている自分の死骸を想像してしまったからなのかもしれない。
気色悪いから、「お母さん」なんて呼ぶな――
あんたなんか産むんじゃなかった――
「4年2組・光井七美の母親」という肩書をもった遥香さんの声が、セミの鳴き声にまじって、遠くのほうから聞こえた気がした。
「だったら産まなきゃよかったのに――」
何の反応もない塊に向かってつぶやいても虚しいだけだった……。それなのに、私はどうしてこの子のそばを離れられないのだろう?
私は動かない塊をじっと見つめながら、自分の心の動きをたどっていた――
そうだ。このままじゃ、かわいそう……。
何とかしてあげたい……。
私は今、そんなふうに思っているんだ。
自分の死骸がそのままにされたら嫌だって、そう思ったからなんだ。
胸にぐっと込みあげてくるものがあった。私は、焼けたコンクリートのうえで冷たくなっているその子を、そっと手のひらに乗せた。
幸い、遊歩道の脇には樹木が生い茂っていて、地面は土だった。
目立つ太い木があったので、私はその根元に埋めてあげようと思って、近くに落ちていた木の枝を使って穴を掘った。
掘っているうちに、何か硬いものに枝先があたった。グレーっぽい色だったので、小石かと思ったけれど、よく見るとそれは100円玉だった。
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