1.こんな私に食べ物を恵んでくれたのは?

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 私はいつの間に眠ってしまったらしく、目が覚めると外は明るかった。目が覚めたということは、あの食べ物には毒は入っていたなかった――そういうことを意味していた。  ほっとして時計を見ると、時刻は6時半だったから、まるまる12時間も眠ってしまっていたらしい。  昨日、あの暑さと空腹の中、駅の交番まで足をのばして疲れていたのと、久々にお腹が満たされたこともあって、まとまった睡眠を取れたのかもしれないが、夢見はあまりよくなかった。  目覚める直前に見ていた夢の舞台。そこは203号室の和室と同じ造りで、少女が誰かに首を絞められて殺されているという残酷な内容だった。ただ、和室から見える寺の風景が自分の部屋からのものと少し違っていたので、別の部屋のようだった。  和室の中央に力なく横たわっていたのは、自分と同じくらいの年代の女の子だった。一瞬、その姿を見たとき、体型も髪の長さも似ていたから、自分が死んでいるのかと思ってぞっとしたけれど、近づいて顔を見ると違う子だった。  夢の中の自分はほっとしていたけれど、目覚めた私の脳裏には、死体のそばに乱暴に放られていた白いショーツが、いつまでも焼き付いて離れず、気持ちがずっしりと重たくなった……。  窓の外に広がる空は今日も晴れ渡っていた。そんな明るい空を見ても、私の心は少しも明るくならなかった……。  今日こそは、この明るさが消えないうちに、やってしまわないと――  毎日そう思うのに、1日延ばしにしてきてしまったのは、夏休み明け、果たして学校に行けるのか、確証がなったからだ。  でも遥香さんさえ戻ってくれば、食べてはいけるのだ。命がつながれば、学校にも行けるはずで、そういう未来がわずかにでもひらけているのならば、やっぱり片づけておかないといけないような気がしてきた。  昨日、体の中に取り入れた食物が私のやる気を引っ張り出してくれたのかもしれず、私は画用紙を広げて、鉛筆で下書きを始めていた。  8月18日。  あと3日で遥香さんの誕生日がやってくる。  誕生日には帰ってくるはず……。  遥香さんの大好きなモンブランをふたりで食べる絵を想像しながら、ほとんど根拠もないのに、私は帰って来ると信じて、画用紙に向かって鉛筆を動かしていた。
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