1 Y染色体の臨終年

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1 Y染色体の臨終年

 2012年、全男性の運命は事実上決したといってよい。  アビゲイル・F・アーミテージは自分の目が信じられなかった。この論文が事実であるならば、この怒りに満ちた世界を浄化できるではないか!  ゲノム編集ツールであるCLISPER CAS 9(クリスパーキャスナイン)を開発したジェニファー・ダウドナとエマニュエル・シャルパンティエの両名は以後、アビーから神聖視されることとなる。本人たちが真正の狂人から厚い信仰のまなざしを向けられていたのを知るのは、事態が取り返しのつかない地点まで進行したあとであった。 「これでやっと」アビゲイルは興奮のあまり手の震えを止められない。「これでやっとクソ遺伝子のYを始末できるぜ!」  しかし、本当にそんなまねが可能なのか? 彼女はいま控えめに見てもいささか常軌を逸している。テンションが上がりすぎてやれもしないことをやれると錯覚しているのでは? 「いんにゃ、やれる」背筋にヒルが這っているような、いわく言いがたい快感が駆け抜ける。いまにもオーガズムに達しそうだ。「ほんとにやれちまうぞ、なんてこった……」  もはや夢物語ではないのだ。やろうと思えばこの世から、怒り狂ったY遺伝子を消してしまえる。  その後は? もちろん戦争のない太平の世が続くのだ。人類(女性族)が滅ぶまでずっと。
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