148人が本棚に入れています
本棚に追加
11 家族の名前
「そうだよ。すごいじゃないか、ココ」
「これで、全部、書けたわ」
ぱちぱちぱちぱち。
サミーが上品に指先で拍手している。目じりの下がった目元といい、傾げた小首といい、侯爵というより侯爵夫人、っていうか私よりよっぽど侯爵夫人みたいなサミーだ。
「コレット・ゲルシェ。サミュエル・サシャ・ゲルシェ。ドム・ゲルシェ。サンダラ・ゲルシェ」
「ココ。それじゃあ、今度は読み方を当ててみて。T-H-O-M-A-S」
「てぃー……えいち……」
膨らみ始めたお腹を擦りながら、一文字ずつ書いてみる。
「トーマス」
「すごぉい! そうだよココ! もうバッチリだね!」
「オッケー。次は?」
「いくよ。J-A-C-K」
「じぇー……えぃ……ジャーク?」
「おしい!」
「ジャック?」
「そうだよココ! 次はね、少し難しいから頑張って」
「オッケー」
「A-L-B-E-R-T-A」
ラッキーだった。
私の悪阻が始まる頃には、実家で修行を積んだアリッサとミニーが、ちゃんとドムとサンダラを飼育できるようになっていたのだ。だからこうして、貴婦人としての勉強に時間を割ける。
やりたいか、やりたくないかではない。
生まれてくる子は侯爵令息・侯爵令嬢なのだ。
私みたいにおバカでは困るし、なにかうまくいかない時に「お母さまがアレだから」とは言わせない。向き不向きはあるかもしれないけど、ひとつ確実に言える。
根性はある。
「……エレベーター?」
「いいかいココ。よく聞いて。難 し い」
「待って……えぃ、えル……アル」
「うんっ」
「アル、バート?」
「ううんっ」
「アルバータ? 女の子ね?」
「正解! やった! 天才だココ!!」
感極まったサミーに頭を抱かれ、揉みくちゃにされる。
ひとしきり好きにさせて、満足して離れるのを待った。
うん、無理。
「ねえ、気持ちはわかるけど揺らすのはやめて」
「ああっ、ごめん」
サミーが私の頭を離して、額にキスする。
「続けて。ガンガンいくわ」
「J-O-S-I-A-H」
「じぇぇぃ、おおおぅ」
そんな事を3ヶ月も続けたら、本が読めるようになった。
今夜もサミー相手に練習だ。
左を下に肘枕しているサミーの横に座り、文字を指で追いながら読んでいく。
「〝そして、だいちをおしながす、おおあめが、ふりつづき〟」
「うんうん」
「〝ちじょうの、ひとも、けものも、みなしにました〟最悪ね」
「ココは最高だ」
「ええ、私は頑張ってるわ。地球も頑張ったのに」
「続けて」
ふぅ。
サミーは手がかかる。
「〝ながい、よるが、おとずれました〟雨に負けない名前にしないと。っていうか嵐って厄介なのよね。畑したい」
「畑したい? 畑ほしいじゃない?」
「土地があっても人が足りないわ。〝さむいよると、あついよるが、くりかえし〟だけどドムの柵の前を少しだけ耕して、アリッサとミニーに手伝ってもらえば、趣味程度には〝やがて、あさがきました〟わ、朝来た」
サミーが私のお腹を撫でる。
「D-A-W-N」
「ディウィン? 女の子?」
「ドーン。夜明けだよ」
「夜明け……いいわね。〝あさがきて、よるがきて、またあさがきて〟しょうもないわね」
「D-Y-L-A-N」
「ディラン?」
「海の神」
「へえ。雨に勝てそう〝あたらしい、いのちの、たんじょうです〟……これ誰が書いたの?」
「私だよ」
ふぅん、ロマンチストね。
っていうか、本を書く人って初めて見た。そんな人いるんだ。
「女の子の名前は? 空っぽいの」
「ココは女の子がいい?」
「両方。子供はたくさんいたほうが楽しい。そうでしょ?」
「ああ、そうだね。A-L-L-I-S-O-N」
私は本を閉じて、天井を見ながら考えてみる。
「アリソン?」
「太陽の光」
サミーの穏やかな声から彼の幸せが伝わってくる。
私は微笑んでいた。
すべての命を育む光だ。
サミーの指先をきゅっと握った。
最初のコメントを投稿しよう!