11 家族の名前

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11 家族の名前

「そうだよ。すごいじゃないか、ココ」 「これで、全部、書けたわ」  ぱちぱちぱちぱち。  サミーが上品に指先で拍手している。目じりの下がった目元といい、傾げた小首といい、侯爵というより侯爵夫人、っていうか私よりよっぽど侯爵夫人みたいなサミーだ。 「コレット・ゲルシェ。サミュエル・サシャ・ゲルシェ。ドム・ゲルシェ。サンダラ・ゲルシェ」 「ココ。それじゃあ、今度は読み方を当ててみて。T-H-O-M-A-S」 「てぃー……えいち……」  膨らみ始めたお腹を擦りながら、一文字ずつ書いてみる。 「トーマス」 「すごぉい! そうだよココ! もうバッチリだね!」 「オッケー。次は?」 「いくよ。J-A-C-K」 「じぇー……えぃ……ジャーク?」 「おしい!」 「ジャック?」 「そうだよココ! 次はね、少し難しいから頑張って」 「オッケー」 「A-L-B-E-R-T-A」  ラッキーだった。  私の悪阻が始まる頃には、実家で修行を積んだアリッサとミニーが、ちゃんとドムとサンダラを飼育できるようになっていたのだ。だからこうして、貴婦人としての勉強に時間を割ける。  やりたいか、やりたくないかではない。  生まれてくる子は侯爵令息・侯爵令嬢なのだ。  私みたいにおバカでは困るし、なにかうまくいかない時に「お母さまがアレだから」とは言わせない。向き不向きはあるかもしれないけど、ひとつ確実に言える。  根性はある。 「……エレベーター?」 「いいかいココ。よく聞いて。難 し い」 「待って……えぃ、えル……アル」 「うんっ」 「アル、バート?」 「ううんっ」 「アルバータ? 女の子ね?」 「正解! やった! 天才だココ!!」  感極まったサミーに頭を抱かれ、揉みくちゃにされる。  ひとしきり好きにさせて、満足して離れるのを待った。  うん、無理。 「ねえ、気持ちはわかるけど揺らすのはやめて」 「ああっ、ごめん」  サミーが私の頭を離して、額にキスする。 「続けて。ガンガンいくわ」 「J-O-S-I-A-H」 「じぇぇぃ、おおおぅ」    そんな事を3ヶ月も続けたら、本が読めるようになった。  今夜もサミー相手に練習だ。    左を下に肘枕しているサミーの横に座り、文字を指で追いながら読んでいく。 「〝そして、だいちをおしながす、おおあめが、ふりつづき〟」 「うんうん」 「〝ちじょうの、ひとも、けものも、みなしにました〟最悪ね」 「ココは最高だ」 「ええ、私は頑張ってるわ。地球も頑張ったのに」 「続けて」  ふぅ。  サミーは手がかかる。 「〝ながい、よるが、おとずれました〟雨に負けない名前にしないと。っていうか嵐って厄介なのよね。畑したい」 「畑したい? 畑じゃない?」 「土地があっても人が足りないわ。〝さむいよると、あついよるが、くりかえし〟だけどドムの柵の前を少しだけ耕して、アリッサとミニーに手伝ってもらえば、趣味程度には〝やがて、あさがきました〟わ、朝来た」  サミーが私のお腹を撫でる。 「D-A-W-N」 「ディウィン? 女の子?」 「ドーン。夜明けだよ」 「夜明け……いいわね。〝あさがきて、よるがきて、またあさがきて〟しょうもないわね」 「D-Y-L-A-N」 「ディラン?」 「海の神」 「へえ。雨に勝てそう〝あたらしい、いのちの、たんじょうです〟……これ誰が書いたの?」 「私だよ」  ふぅん、ロマンチストね。  っていうか、本を書く人って初めて見た。そんな人いるんだ。 「女の子の名前は? 空っぽいの」 「ココは女の子がいい?」 「両方。子供はたくさんいたほうが楽しい。そうでしょ?」 「ああ、そうだね。A-L-L-I-S-O-N」  私は本を閉じて、天井を見ながら考えてみる。 「アリソン?」 「太陽の光」    サミーの穏やかな声から彼の幸せが伝わってくる。  私は微笑んでいた。  すべての命を育む光だ。  サミーの指先をきゅっと握った。
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