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12 大草原の大きな愛
今日はアリソンの16回目の誕生日。
「お母様! シリルが僕の靴下とった!」
「えっ!? シリル! シリルどこ!? 靴下なんかとっても意味ないでしょ!」
「シリルはここだよ、お母様」
長男のバスチアンが三男のシリルを脇に抱えてやってきた。次男のドミニクが靴下の恨みで突進していく。
「わーっ、ドムニクだぁ!」
「ままま待て待て」
「堪えなさいバスチアン! 男の子でしょ!」
「うんむっ」
長男のバスチアンはアリソンと年子で、見た目はサミーと私をうまく足して、たぶん中身はサミー入りのデーモン抜き。優しい子だ。
アリソンは外見も中身もサミー。美しい子に育った。10才で私の背を越した。
次男のドミニクは12才で、髪色は私の家系だ。真面目なイイコだけど融通が利かず怒りんぼだ。だから悪戯っ子の三男シリルの餌食になる。怒る姿も面白いから。
「きゃははっ!」
「今日は本当に素晴らしい日ですねぇ、奥様♪」
メアリーが私の髪を整えながら、満面の笑顔で鏡を覗き込む。
「あらヤダ! うっかり一緒に映っちゃいましたよ。もう、どうして神様は奥様だけに魔法をおかけになったんでしょうねぇ。私にも少しくらいお零れがあったっていいと思いますよぉ?」
「呪いかも。お祖母様も私が物心ついてからずっとあの姿よ」
「お元気ですよねぇ♪」
「奥様ぁ~、アリソン様の御仕度が整いましたぁ~」
アリソンとエイミーが現れた。
サミーの女版といえるアリソンの美しさは、もう人間じゃない。凄い。
「お母様……私、変?」
「いいえ? なんで?」
「エイミーがゾッとするって……」
私は溜息をついた。
「エイミー。ゾッとするほど綺麗は言っちゃ駄目って言ったでしょ」
「すみません奥様。つい」
アリソンは父親と自分の顔を見慣れているせいで、その美貌に自覚がない。その上、すぐ下のバスチアンから私寄りの性格の子が続き、アリソンはサミーにあまり構ってもらえなかった。それで自信がないのだ。でも、社交界に出れば類まれな美貌に気づくだろう。
「アリソン。あなたはすっごく綺麗よ。今日の主役でしょ。素敵よ」
「……お母様こそ、素敵よ。可愛い」
二ヘラッ、とアリソンが笑った。
「ねえ、お母様! 仔牛たち鈴じゃなくてリボンにしていい?」
「マチルダ!? えっ? あなたまだそんな恰好なのッ!?」
「チャミーが音を恐がるの。あらアリソン、綺麗ね」
農場用の作業着を泥だらけにして入って来た次女のマチルダは、背の大きい私って感じ。3年前、7才で私より大きくなった。私より力持ちだから、私からいろんな楽しみを奪っていく可愛い子だ。
「マチルダ。もう写真屋さん来ちゃうわよ?」
「パーティーには間に合う」
「嘘。あなたも一緒に映ってくれなきゃ嫌よ。マチルダ、私より牛が大事なのっ? いっつもそうじゃない!」
「泣かないでアリソン! お化粧が無駄になるっ!!」
アリソンは牛と相性が悪い。
「メアリー、私はいいからマチルダをお風呂に入れて。急いでね」
「はい、奥様。メアリーも手伝って」
「ええ」
「えっ、待ってよ! リボンを巻かなきゃ!」
「アリッサはただの腰痛なの! 指先は動くのよ! 行きなさいッ!」
お風呂へ連行されるマチルダを見送って鏡を覗き込む。
「バスチアン。シリルから靴下を取って、ドミニクに渡して、そうしたら私の髪をやって」
「わかったよ、お母様」
「奥様ぁ~。ナディーヌ様の御仕度が整いましたぁ~」
7才の三女が彼女の侍女2人に背中を押されて入って来た。サミーがナディーヌのために新しい使用人を雇ったのは、家宝を超えた可愛らしさだからだ。サミーの血はどこへいったかと思うほど、私の家系のちっこさと可愛さを受け継いだ娘は、サミーを完全に支配した。彼女自身、よく自覚している。
「まあ、ナディーヌ。とっても素敵よ」
「ありがとう、お母様」
ドレスの襞を摘まんでクルッと回った。
「ナディーヌッ!! ああ私のナナ!!」
「お父様っ!」
サミーが末っ子のオーブリーを片腕に抱いて現れた。オーブリーも小型版サミーという感じで、アリソンと並ぶと美しすぎて恐い。
ナディーヌはサミーに抱きついて、上目遣いで見あげて、ゆっくりと瞬き。
「ああっ、私の天使……ッ! 天国だッ」
「ねえおとうさま、ぼくは天使じゃないの?」
「お前も天使だよ、オーブリー」
サミーがオーブリーの額にキスをした。
「またやってる」
バスチアンが大人びた笑いを洩らした。
「私は天使じゃないんだわ」
アリソンはどん底。
「あなたは私の天使よ」
「お母様も私の天使よ」
「アリソン。私に媚びを売ってもあなたはお嫁にやるわよ」
「……」
「サミー! 今日はアリソンの誕生日なのよッ、弁えて!!」
サミーがオーブリーを床に下ろし、ナディーヌと手をつながせて、頭を撫でて、額にキスして、頬にキスして、もう一度頭を撫でて、鼻を突き合わせて、でまた頬にキスして、襟を直して、握らせた手に自分も手を重ねて、目尻を下げて、ナディーヌの頬からオーブリーの頬に移動しようとしている。
「サミー!」
「いちばん愛してるよ、ココ!」
サミーが飛び上がった。
白髪の混じり始めた夫の凄いところは、愛が尽きないところ。
「知ってる。愛してるわ。大好き」
ナディーヌがムッとした。
(終)
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