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02 Yes! Yes! Yes!
「まあっ!」
お祖母様が口を押さえて、目をぱっちりと開けて、固まった。
私を持ち上げていた男性が、突然の求婚か相手の爵位に驚いたのか、恭しく私を下ろす。
「ホンモノだわ、コレット! 新聞でみるよりずっと素敵じゃない!!」
「光栄です」
侯爵様が手袋を外し、お祖母様に握手を求める。
お祖母様は目をキラキラさせて、がっしりとその手を掴んだ。二度と離すまいとでもいうように、力強く。
「この娘の祖母です。カサンドル・イレーヌ・シャルロワ。伯爵夫人です」
「これは、どうぞ宜しく」
「こちらこそ」
バシンッ!
お祖母様が私を叩いた。
老いてもこれだけの馬鹿力。またひとつ、未来に希望が持てた。
「ほらっ、あなたも! きちんとご挨拶なさい!」
「はぁい、お祖母様」
私はドレスの襞を摘まんで、片足を引いて深く膝を折り、頭を下げた。
「ご求婚心より感謝申し上げます、ボーモン侯サミュエル様」
その瞬間、脳裏に衝撃的な記憶が蘇った。
私もお祖母様の家でその新聞を見た。でも文字が読めなくて、かいつまんで聞いただけだった。それに写真を見る前に、つまらない新聞から部屋中に飾られたお祖母様の家族写真に興味が移ったので、顔は知らなかった。
「……」
ボーモン侯爵?
数々の軍功と類稀なる美貌から、悪魔侯爵だなんて畏怖と親愛を込めて渾名された、あのボーモン侯爵???
数々の軍功で悪魔と呼ばれた!?
超カッコイイ!!
え。
え、え、えっ。
あの、ボーモン侯爵ッ!?
「……ほんと?」
お辞儀したまま、侯爵様の靴に問いかける。
「それで、コレット嬢。返事を聞かせてもらえるだろうか」
「ハイッ!」
私は勢いよく体を起こした。
そして飛び跳ねた。
それでも侯爵様の肩に届くかどうか、という感じだった。
「ぜひッ! よろしくッ、お願いしますッ!!」
「おおおッ!」
「まあっ! なんて素晴らしいッ!! 神様……っ」
周りの見物客とお祖母様から拍手喝采だ。
やった!
王都初日に最高の夫をゲットした!!
大興奮の私を見おろす侯爵様は、とても優しい微笑みを浮かべていた。デーモン侯爵なんて呼ばれてしまうだけあって、私も一瞬、死神が来たかと思ったくらいゾッとするような美貌だけれど、とても優しい雰囲気が爆発している。
「そうか。ありがとう、コレット」
呼び捨て!
早速、呼び捨てだ!
……シビれる!!
「ところで」
「?」
侯爵様が心なしか表情を曇らせた。
私は飛び跳ねるのをやめて、天気でも確かめるように随分と高い場所にある侯爵様の顔を覗き込んだ。お祖母様も一緒に覗き込んだ。
侯爵様は小さく咳ばらいをしてから、言った。
「実は私には恥ずかしい趣味がある。そのせいで7回、婚約を破棄された。もし君が嫌だと思うなら、この場で断ってくれて構わない。当然、無理強いも報復もしないと神に誓う。だから平気かどうか先に聞いておきたい。私は……」
「……?」
真剣に言うので、こっちも真剣に聞いている。
言い淀む侯爵様は、苦しそうに息を詰めて、目を細め、躊躇い、そして恥じらい頬を染めた。
変態?
それか、虐待が好きとか?
それは困る。
「私は、その……可愛いものが大好きなんだ。花の刺繍や、リボン、人形、ぬいぐるみ、甘い菓子、御伽噺、ドレスに靴に帽子。それこそ君のような愛くるしい女性が好むようなものが全て好きで好きでたまらない。それ専用の部屋がある。君に申し込んだのも、牛を見て燥ぐ姿が得も言われぬほど愛らしかったからだ。そういうわけで私は使用人たちに変人と呼ばれている。そんな私と、結婚してくれるだろうか?」
「もちろんですッ!!」
気合を入れて叫んだ。
可愛い趣味じゃないか。
「ぜんっぜん、問題ありませんッ! ぜひっ、私をお嫁にしてくださいッ!!」
そして私はお祖母様を恭しく指し示し、高らかに宣言した。
「この愛らしさは、永久保証ですッ!!」
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