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03 牛とドレス
「自分で言ったぞ……」
誰かの独り言が耳に届いた。
言って何が悪い。本当の事だ。
愛くるしいのは、血筋。
「ああ……」
侯爵様から洩れたのは、返事ではなくて溜息だった。
頬を薔薇色に染めて、うっとりと私とお祖母様を交互に眺めている。あまりに小さいので、左右に首を傾げながら、まじまじと。
「可愛い……」
「夢見心地のところ悪いけど、私もひとつ先に言っておきたい事があります」
「まっ、コレット! 失礼よ!」
お祖母様が私を叩くけど、大事な事だ。
それに、先に打ち明けてくれた侯爵様に礼儀を尽くさないと。
「とんでもない。ぜひ聞かせて、コレット」
侯爵様は私に夢中だ。
私は愛に蕩けた目を睨みつけるように見あげて、はっきりと申し上げた。
「うちは貧乏で、爵位を剥奪されないよう、自分たちで土地を耕して領地を維持しています。農場が忙しくて、私は令嬢が受けるような教育は何も受けていません。読み書きもできないし、外国語も歴史もさっぱりです。つまり超おバカな妻になりますが、いいですか?」
「でも裁縫は上手!」
お祖母様が私の腕に巻きついて、愛嬌たっぷりに侯爵様を見あげた。
「裁縫がっ?」
侯爵様は、そっちに反応した。
お祖母様が昂る。
「ええっ! 見てくださいな、この帽子!」
「可愛い」
「これ、私が20代の頃に愛用していたものなんですのよ?」
「え?」
「それをこの娘、ちょいちょいっと今風に繕って、こんな素敵にしちゃうんです!」
「コレット! すごぉーい」
「……」
侯爵様の口調が、可愛くて違和感。
私は気を取り直して、魅力をアピールするほうに全力を注いだ。
「縫物は得意なんです。だって自分で着るものを自分で縫わなきゃいけない時期もあったし。お母様やお祖母様のお下がりは時代遅れだからサイズぴったりでも直さなきゃ嫌だし。普段着の話ね。正装は流行りに合わせてちょっと直して売るといいお金になるから……」
「コレット!」
いけない。
つい、金策がうまくいった嬉しい思い出に引きずられてしまった。
「自分でなんでも縫えるなんてすごい。本当に素晴らしい才能だ」
「それほどでも~」
満更でもない感じで照れ笑いをしてる私のお尻を、お祖母様がバシバシ叩く。
馬じゃないんだから……お尻を叩かれなくたって全力で行くわよ。
そして侯爵様の顔が、これ以上ないほどふやけている。
「もしお願いしたら、私の人形に新しいドレスを縫ってくれるかな。もちろん君には、好きなだけどんなものでも買ってあげるから」
「じゃあ牛」
「うし?」
ポロッと本音が洩れた。
侯爵様はふやけた笑顔で、それがどんなものでどこで売っているのかさえわからないような顔をしている。お祖母様は、コレットと呼ぼうとした形のまま口を開けて固まった。
「私、牛が好きなんです。だからここにいるし」
「牛って、あの牛?」
「はい。あの牛。本当はうちの子を連れて行きたいけど、家族にも懐いてるしいずれみんなの夕食になると思うと奪えないわ。雄牛を買ってください。厩舎はできれば建てて? ムリなら私が柵を作るけど、天気の悪い日は家に入れます」
「いいよ。厩舎を建てよう。でも、そうしたらコレットのほうが条件2つだから1個多い。私が選んだドレスを着てくれるかな。もちろん毎日じゃないし、普段は君が着たいものを着てもらう前提でね」
「いいわ」
すっかり意気投合して、侯爵様と私はしきりに頷き合った。
お祖母様も満足そうに目を細めて、ほくほく笑っている。
よしっ、交渉成立!
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