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08 憩いの夕べ
「てぇーい!」
こてん。
ドムが横向きに倒れた。
そしてすぐ起き上がる。
「きゃはっ! 燃えて来たでしょうっ!?」
「──! ──!!」
「さあおいで!」
ドムが突進してくる。
ひらりと躱し、胴体をぐっと押す。
「てあ!」
「!」
こてん。
また、ドムが横向きに倒れた。
「──! ──!」
「あはははははっ! 楽しいねえドムドムッ!!」
「牛って重いわよね? 仔牛でも」
「ああ、信じられないよ」
柵の外からメアリーとトムの真面目ぶった声が聞こえた。
これだからお上品な使用人は。まったく、軟弱なんだから。
「さ! ドム! 起きて!」
「!! ──!」
「かかってきなさいっ!」
「──!!」
ドムが突進してくる。
「きゃあっ!」
メアリーが叫んだ。
私が正面からドムをキャッチしたから、心底驚いたみたいだ。
「えっ!? 奥様っ、えっ!?」
「あの小さい体で、本当に信じられない」
「聞こえてるわよトム! ドムだって小さくても強いの知ってるでしょ!!」
「旦那様は怪獣を娶られたわけか……」
「聞こえてるっつってんでしょっ!!」
気さくな使用人で本当によかった。
侯爵家だからって格式だのしきたりだのって言われたらどうしようかと思っていたから、家族みたいに話しかけてくれてすごく楽だ。
怪獣?
ふふん。わかってるじゃない。
燃えるわ!!
「ほぉらドム、私には敵わないのよっ! 覚えときなさい!!」
ドムの頭ぐりぐりを胸で受けとめ、首から胴体を掻き回す。
「──! ──♪ ♪ ♪」
「ええ、私も大好きよっ! ドムッ! ドムドムドムドムドムドムゥ~ッ!!」
「こりゃデーモンも飼い慣らすわ」
メアリーが心底、感心した声で言った。
耳もいいのだ。へへん。
褒められて満更でもない私は、日が暮れるまでドムと遊んで、厩舎に戻して、ごはんをあげて、お風呂に入った。
どうしてもひとりで入りたいわけでもないし、恥ずかしくもないけど、いい大人がお湯をかけてもらったり体を洗ってもらったり、拭いてもらったり服を着せてもらったり、変な感じだ。
牛を世話する私、を、世話するメアリー。
貴族って牛と同じね。
「あれだけ見事な闘牛を繰り広げたのに、奥様、無傷なんですねぇ」
「まだ小さいからね。言っとくけど、掠り傷くらいで騒いだら人変えてもらうから」
「心得ますわ。一応、念のために聞いておきますね。傷の手当てはさせて頂けます?」
「場合による」
「難しいですね」
「大丈夫。その都度、教える」
「楽しみです」
サミーの選んだドレスを着て、あとは帰りを待つだけ。
日中は忙しくあちこち動き回っている夫が何をしているか、さっぱりわからない。だけど武勲をあげた侯爵なんだから、土地を農民に丸投げして肥え太るような酒飲み貴族とは別物だって事くらいわかる。
自慢の旦那様だ。
「ココ! 帰ったよ~!!」
屋敷に一歩入った瞬間から、帰宅パレードが始まる。
馬車の音で、言われる前から気づいてるけど。
私は徐々に準備の整い始めた食卓に頬杖をついて、ニヤニヤ耳を澄ます。
「ココ~? どこだぁ~い? 帰ったよぉ~♪」
「小さくて見えないかしら。自分の椅子に座ってるわよぉ~」
「隠れてないで出ておいでぇ~♪」
サミーの声が近づいてくる。
「あ! 見ぃつけたっ♪」
「おかえりなさい、サミー」
「ただいまぁ、ココ。会いたかったよ」
頬を薔薇色に染めて目尻を下げた悪魔侯爵のお帰りだ。
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