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09 可愛いは剣より強し
「なるほど。これはヤバイわ」
「旦那様は平和主義者なんですよ」
私とメアリーは、左右の扉をえっさほいさとそれぞれ押して、禁断の扉を閉めた。
「サミーは変だけど、一族の中でも変人だったのね」
「ええ。代々武勲をあげていますからね。元は戦好き血筋なんですよ」
「兵士1隊分を超える装備なんて恐すぎる。隠して正解」
「お掃除するメイドたちも命懸けだって言ってましたよ。見た目が恐いし、うっかり倒しでもしたら死にますから。刺さる、下敷き、打撃、圧死。ほんと危険」
「うわぁ。打ち身だけでも痛そう。あと、夢に出そう」
「毎年ひとりはうなされて休暇を取っていますね」
「でも放っておけないものね。埃油で鉄が錆びるし、錆びたら動きや切れ味が鈍くなるんでしょ」
「ええ」
「価値が下がるわ。プレミア価格にして売ったほうがいい」
「……売るんですか?」
仰々しい鍵を閉めて、メアリーが質問してくる。
「あのね、私は結婚する前日までジャガイモとパサパサのパンをごちそうと思って食べて生きてきたの。生きるっていうのは食べて笑う事よ。戦って領土を広げる事じゃないわ」
「ああ、そうですか」
あまり興味なさそうな返事だ。
まあ、いいけどね。
ところが、メアリーは直後に、きゃはっと笑った。
「!?」
「でも奥様は血気盛んでいらっしゃるから、旦那様よりわんぱくな後継ぎが生まれる事は間違いないですね!」
「えっ?」
なんですって!?
「教育は大事ですわ。よくご夫婦で話し合ってくださいね。万が一、先祖返りでもして血の気の多い坊ちゃんに奥様のバイタリティが加算されでもしたら、ホンモノのデーモン侯爵になっちゃいますよ」
「……ほんと?」
恐いんだけど。
「それとは反対に、奥様みたいに可愛らしい坊ちゃまやお嬢様がたくさんお生まれにでもなったら、旦那様は幸せいっぱいすぎておかしくなっちゃうかもしれませんね」
「まだそっちがまし」
そんな話をしていたので、夕食の席でサミーに訊ねてみた。
「ねえサミー。あなたが一族の歴史から消して、なかった事にしてるつもりの猟奇的な部屋について話があるんだけど」
「え? 猟奇的なんて言葉よく知ってるね」
「馬鹿にしてるわね」
鴨のローストを上品に口へと運ぶ夫を眺めながら、フォークを突き刺す。
「馬鹿にしてないよ。それで? うちのどの部屋の事かな?」
「鎧と剣が隠してある部屋」
「ああ……」
サミーの表情が一変した。
まるで、ケムシでも見た貴婦人のような顔だ。
嫌悪と侮蔑。そして悪意が満ちている。
「ココはあんなもの気にしなくていいんだよ」
「勘違いしないで。私、殺し合いなんて大っ嫌いよ。だけど、どうせあるんだったら資産価値をあげたほうがいいと思うの」
サミーの顔が、またふやける。
「ココ。資産価値なんて言葉よく知ってるね」
「サミー、私は農場育ちよ。金策は日課なの。あと次に馬鹿にしたらぶっ飛ばす」
「あ……っ、駄目だよココ。猫の手袋をはめるなんてそんな、可愛すぎる……っ!!」
「言ってない」
でもサミーはすでにその姿が見えているので、大喜びだ。
そして、そんなものが売っているわけないので、私が作る事になった。
「サミー、約束守ってよ?」
「わかってるよココ。剣の手入れは男だけでする」
「剣だけ?」
「盾と鎧も、馬具もだ」
「いってらっしゃい」
「いってきます♪」
サミーが私の頭に、猫のナイトキャップをかぶせた。
それからスゥーッと悪魔侯爵の顔になって、出て行った。
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