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「わあい! 広いやー。いくら羽を動かしたって囲いにぶつからないよ!」
翌朝、人がまだ眠っているであろう早朝。
シーくんは久しぶりの大自然を満喫していました。
故郷とは違う景色は新鮮そのもの。
空が分厚い雲に覆われているのはちょっと残念です。
向かったのは、カラスのおじさんの知り合いのスズメたちがいるという田んぼ。
スズメはシーくんより少し大きなトリですが、全国どこへ行ってもチュンチュンしているらしいのです。
希少なシマエナガに比べると知名度が高く、いけすかないトリです。
「よう、邪魔するぜ」
おじさんと田んぼに降りると、スズメはチュンチュンさえずります。
「あ、カラスさんだ」
「本当だ」
「白い子もいる」
「誰かしら」
「こんにちは、カラスさん。そちらはどなた? 愛らしいわね」
一羽のスズメが近づいてきます。
ふん、いけすかないスズメだ、とシーくんはそばにあった木の枝に止まり、愛らしく鳴き、振り返りざまにつぶらな瞳でスズメたちを見下ろします。人々に大変人気のポーズです。
「ぼくはシマエナガ。真っ白もふもふの世界一可愛いトリだよ」
一瞬の静寂の後、チュンチュン鳴く声が一層大きくなります。
「可愛い!」
「こんな真っ白な子、初めてみたわ!」
「アイドルなのかな」
予想外の反応です。チュンチュン騒ぐ彼らはさながらシーくんを見ている人間のようでした。
「ふ、ふん。そうでしょ。 ぼく、可愛いからねー」
「カラスさんのお友達とは思えないわ。シマエナガちゃん、会えて嬉しいわ」
先程のスズメが、もふっと親愛の意を込めたハグをしてきました。シーくんはおどろきます。
「き、君ってとてももふもふなんだね。スズメ、初めて会ったけど、なんか思ってたより良い奴なんだね」
「あら、ありがとう。あなたにそう言われると嬉しいわ!」
仕方がないから、スズメはそこそこ可愛いってことにしといてやろう、と心の中でシーくんは思いました。
けれど「まあ、もちろんぼくの方が可愛いんだけどね」という言葉を付け足すのは忘れません。
一方そのころ、いつも通り出勤した飼育員さんがシーくんの食事を持っていくところでした。
「シーくん、おはよう」と囲いを覗いた彼は言葉を失います。持っていた食器がカラーン、と音を立て地面に中身が散らばります。
「え、え? シーくん? シーくん! ど、どこだい!」
涙声になりながら必死に囲いの中を隈なく探しますが、当然動物園のアイドルコトリの姿はありません。
「どうしよう……。と、とにかく警察に! あ、その前に園長に!」
一介の動物園のアイドル家出騒動は、瞬く間に全国ネットのニュースで報じられ、人々に知れ渡ることになりました。
「けぷ、お腹一杯だよー」
当の本人は、いつもと違う自然味あふれる食事に大満足。
「シマちゃんとご飯食べられて幸せー」
チュンチュン、チュンチュン。
スズメたちも珍しい来訪者と共に過ごせて大満足のようです。
「スズメはかしましいな。コトリちゃん、食べすぎだ。飛べるか?」
「もう。失礼だなあおじさん。飛べるってー」
「よし、じゃあ行くぞ」
「もう、いっちゃうの?」
舌たらずのスズメが聞いてきます。おじさんは空を見上げて答えます。
「雨が降りそうだからな。その前に雨がしのげる場所へ行きたいんだ。お前たちも、気をつけるんだぞ」
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