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二羽が向かうのはカラスのおじさんの知り合いのトリの家です。なんでもおじさんと同じ魔法使いで、普段は山奥で人間の姿で生活しているそうです。
「ねえおじさーん。まだ着かないの? ぼくもう疲れちゃったよ」
曇天の下、懸命に飛ぶ白と悠々と飛ぶ黒。
「はあ? お前本当に体力ないな。ひきこもりめ」
「だって。それがぼくのお仕事だもん」
「もう少しだ。世界一可愛いトリなら、わがままばかり言うなよ」
「世界一可愛いから、わがまま言ったって可愛いんだよ」
しばしの沈黙、そして盛大なため息。コトリはカラスのおじさんの背中に乗る権利を獲得しました。
空の雲が水の重さを支えきれなくなった頃、ようやく一軒の小屋に到着しました。
「へへ、おじさんありがとう」
「まったく、本当に世話の焼けるコトリだ。さて、今から会う奴は基本人間の姿でいると言ったな」
「うん。どうして?」
「俺も、奴と会うときは大抵人間の姿なんだ」
おじさんが、カアッ、とカラスらしい鳴き方をしたかと思うと、次の瞬間、そこに見慣れたおじさんの姿はありません。
代わりにいたのは、黒い外套を身にまとった黒髪で浅黒い肌の、どこかカラスのおじさんの面影を残した青年でした。動物園にいても、あまりこういう人は来ませんので、シーくんも興奮気味です。
「ああ、なんだかおじさん素敵だね! 人間の女の子にきっともてるね! あれ、でも、人間になったおじさんはぼくと会話できるのかなあ……?」
不安になっておじさんの肩に乗ると、指で優しく背中をなでられました。
「耳元で騒ぐなコトリちゃん。俺は魔法使いなんだ、会話くらいできるさ」
「すごーい、ぼく、人間と会話してるよ。感動!」
おじさんが、小屋の今にも壊れそうな扉を乱暴に叩きます。奥からはーい、という声がしたかと思うと、現れたのは、おじさんより小柄な青年でした。
休日のお父さんがよく着るような動きやすそうな格好をしていますが、この人もきっと女の子にもてるだろうな、とシーくんは思いました。
「ああ、いらっしゃい。カラスくん。よく来たね」
「おう。お前に、会わせたい奴がいてな」
「こんにちはー、ぼく、世界一可愛いシーくんだよ」
「うんうん、可愛いなあ。小さくて。白くて。カラスくんとは大違いだね。無邪気そうで、元気で」
「え、えへへ」
また予想外なほどに褒められてしまい、シーくんは少し戸惑います。このトリも、なんだか良い奴っぽいなあ。
「こいつは、オカメインコなんだよ。コトリちゃん」
「うん、ぼくはね、歌が得意なんだ。癒しの歌」
オカメインコさんはシーくんに微笑むと、カラスのおじさんとは反対に、人間の姿ではなくなり、代わりに現れたのは頭に生えた黄色の毛が愛らしい、赤いほっぺのオカメインコでした。
シーくんが今まで会ったことのない、鮮やかなトリは、確かに美しいと言わざるを得ません。
カラスのおじさんがオカメさんをテーブルの上に乗せ、自分は椅子に座ります。
シーくんはおじさんの肩から降り、今度はおじさんの頭の上に乗り、髪の毛をいじり始めました。
「まあ、インコってよく歌うものだから、珍しいことじゃないかもしれないけど。シーくん、聞いてくれる?」
「トリの歌なんて聞いたことないから、聞いてあげてもいいよ」
「ふふ、ありがとう」
オカメさんの歌は、本来のトリの高い鳴き声を活かした歌で、当然シーくんは初めて聞くものでした。
テーブルの上で歌うオカメさんはさながらステージで歌う歌手のようです。
心地よい歌声は、慣れない旅の疲れもあり、シーくんの眠気を誘います。
ぼくを眠らせちゃうほどの心地の良い歌を歌うトリだから、まあ可愛くても許してあげてもいいかなあ、眠りにつく間際、シーくんはぼんやり思いました。
「あらら、コトリさん、眠っちゃったかな」
「疲れていたのだろう。悪いな、どうせ雨も降っている。止むまで邪魔させてくれ」
もちろん、と人間の姿に戻ったオカメさんは微笑み、おじさんの頭でスヤスヤ眠るシーくんに目線を移し、呟きます。
「にしても、動物園のアイドルかあ。大変だろうね」
「本人は、ぼくの可愛さをもっと広めたいとか、他のトリには負けたくないとかうるさいけどな」
「ふふ、そっかそっか。君も、ずいぶんこの子のこと気に入ってるみたいだしね」
いたずらっ子のような笑みを浮かべたオカメさんに、おじさんは目を逸らしました。
「どうせ、俺はもうじきこいつに会えなくなるだろうから、最後の思い出づくりだと思ってな。要するに、ただの気まぐれだ」
「ふーん?」
力強い目がまっすぐにカラスのおじさんを見つめます。
「小さいのに、ずっとひとりで。ねえ、カラスくん。この子を、ひとりぼっちにさせてしまっていいの?」
その問いに、カラスのおじさんはすぐには答えられませんでした。自分に、どうしろというのだろう。
「……。考えておく」
「うん、よろしい」
シーくんが目を覚ますと、そこは知らない場所でした。
「起きたか」
下から、おじさんの声がします。そうだ、思い出しました。シーくんはオカメさんの歌を聞きながら眠っていたのです。
「オカメさんの歌、悔しいけど綺麗だった」
「本当に? ありがとう。じゃあ、次にシーくんが来たときは、一緒に歌おうか」
「いいよ! でも、次のときには、絶対ぼくの方が可愛く歌っちゃうけどね!」
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