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オカメさんの家を後にした二羽は、動物園へ向かいます。
シーくんが「ぼく、次は動物園のトリに会ってみたいよ。ぼくと同じくらい人気なペンギンってトリを見たいんだ。あいつらって、泳げるんでしょ? 魚じゃないの? そんな奴よりもぼくの方が可愛いに決まってる!」と言うからです。
とはいえ、世間的には家出中となっているシーくんが堂々とトリの姿で動物園をうろつくわけにもいかないので、おじさんの魔法で人間の姿にしてもらいました。
マリンをデザインした洋服に、白に近いブラウンの髪の子どもの姿です。おじさんはもうカラスの姿に戻りたかったのですが、子ども姿のシーくんがカラスを連れて歩いていては目立つうえすぐに迷子センター行きになりそうなので、仕方なく人間の姿で保護者のふりをします。
「わあい、ぼく人間になってるー! すごい! それに、いつも動物園にくるどんな人間の子どもよりもぼくの方が可愛いよね。人間になってもこんなに可愛いなんて……。さすがぼく!」
向かったのは、ペンギンコーナー。いるのはコウテイペンギンで、そのヒナもいると聞きます。
もっとも、南極に住む彼らは特別な温度の保たれた部屋におり、ガラス越しにしか見ることはできません。
十数羽が、思い思いの場所に佇み微動だにしません。ヒナも、部屋の片隅に集まっています。
「これ、トリなの? 大きいなあ。こんなんじゃ空は飛べないよね。かわいそうに……」
「そうよ、私、かわいそうなのよ」
「え!」
てっきり、ガラスに隔てられシーくんの声は聞こえないだろうと思っていたので、返事をされてびっくりです。
「ぼくの声、聞こえるの?」
「聞こえているわ。あなた、人間の子なのに、私の言葉がわかるの?」
「うん、ぼく、今は人間の姿だけど、本当は世界一可愛いシマエナガっていうトリなんだよ。おばさん、やっぱり空飛べないのは悲しい?」
「いいえ、私たちは海を飛ぶのよ。なのに……。なのに、ここには海なんてないじゃない! 魚もとれない。もらえるのは、死んだ魚ばかり。氷もないし、たくさんの仲間にも会えない! 一面真っ白な雪と氷の故郷へ帰りたいわ!」
涙を浮かべながら故郷へ想いを馳せるおばあちゃんペンギンを見ていると、ガラス越しにその想いがシーくんにも伝わってきて、なんだかシーくんまで涙がこぼれそうになります。
「そっか、おばあさんにとってはここの生活はつらいんだね、苦しいね。かわいそうに」
そのとき、一羽のヒナが近づいてきました。
「おばあちゃん、奥で休んだ方がいいよ」
ヒナペンギンがおばあちゃんペンギンに促すと、しょんぼりしながら奥へと戻っていきました。ヒナペンギンはその背中を見送り、シーくんに向き直ります。
「ごめんね、おばあちゃん、最近故郷のこと思い出しては泣いてしまうんだ」
「平気だよ。君は故郷へ帰りたいの?」
「ぼくは、ここで生まれたんだ。だから故郷ってやつを知らないからね。いつか行ってみたい気もするけど、わかんないよ。おばあちゃんはよくああやって泣くんだけど、ぼくは故郷がわからないから、一緒に泣くこともできないのさ」
ヒナペンギンは、まだまだ幼いはずなのに、大人みたいに疲れた表情を見せました。シーくんはまた、胸があつくなってつらい気持ちになりました。
「ねえ、君は故郷を知ってるのかい?」
ヒナペンギンがシーくんに聞きました。シーくんは頷きます。
「うん、君たちの言う故郷とは違うところだけど、真っ白がいっぱいの、綺麗なところだよ」
「そうなんだ。……帰りたい?」
「どうだろう。わかんないや。まあ、友達もいるし、ぼくって世界一可愛いから、みんながほめてくれるし、ここの生活も悪くないんだよね」
「そっか。……ねえ。君、今は人間の姿をしているけど、本当はトリなんだよね。世界一、可愛い。せっかく会えたんだから、君の本当の姿を見せてほしいな」
ヒナペンギンのお願いに、シーくんはすがるように後ろにいたカラスのおじさんに目配せしました。このわがままコトリめ、とおじさんが嘆いていますが、無視です。
ゆっくり瞬きをすると、シーくんは、いつものシーくんに戻っていました。ヒナペンギンの目線に合わせたくて、おじさんのてのひらに乗せてもらい、ヒナペンギンの目の前に運んでもらいます。
「たしかに、可愛いな。天使みたいだ。それに、君のその白さは、おばあちゃんの言っていた故郷の氷みたい」
長い間、ヒナペンギンが満足しておばあちゃんのもとに戻るまで、シーくんはガラスの向こうを見つめていました。
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