父・さとし

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 ホームに降り立つと、それほど強い雨脚でないと感じる。我が家は駅から歩いても10分弱。これなら走って帰ればなんとかなりそうだ。  そんなことを思いながら改札を出ると、そこにはさちえが立っていた。両手いっぱいの荷物、いや、正確にはスーパーのレジ袋と二本の傘を手にして。 「あなた、おかえりなさい」  僕は拍子抜けしてしまった。てっきり怒られると思っていたのに、さちえは、満面の笑顔で僕を迎えてくれたのだ。 「お、お前、その傘…」 言いかけた僕に、少し潤んだような視線を僕に向け、さちえは言った。 「待ってる間に買い物しすぎちゃった。ねえ、雨も降ってるし、今日はタクシーで帰らない?」  聞きたい事はたくさんあった。  お迎えなら車で良かったんじゃないのか?買い物だって、普段なら車で済ますじゃないか。  我が家で一番エコバックにうるさいのはさちえなのに、今日は何故持参してない?  袋の中にケーキがあるのはどうして?僕があの洋菓子屋で買おうと思っていたのに…じゃなくて、今日は何かの記念日じゃあないよな。確か。  それに、その傘は… 「初乗り料金で済んじゃうような距離をタクシーか」 「まあ、たまにはいいじゃない、ね?」  まあいい。話は帰ってから聞くことにしよう。  僕たちは、駅前で大きな口、いや左の後部座席を大きく開けて止まっている一台のそれにゆっくりと乗り込んだ。
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