優しい死神

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 代わり映えのしないいつもの朝。僕は通勤バスに乗る。  同じく代わり映えのしない、いつもの乗客たちの顔、顔、顔……  彼らの顔は、みな一様に生白く生気がない。  まあこれから仕事に向かうのに、元気いっぱいの奴がいるわけもないか。  しかし、それにしたって今朝はあまりにも陰気過ぎではないか?  座席にも立っている客にも、こちらまで死臭が漂ってきそうなヤツばかり、ずらりと並んでいる。  あれ? いや待てよ。  見回してみたところ、このバスの中には見知った顔が誰もいない。  まさか、間違えて行き先の違うバスに乗ってしまったのか?  僕は慌ててバスの行き先がどこかに書かれていないか捜したが、車内にはそんなものはなかった。  仕方がない。恥を忍んで運転手さんに聞こう。  そう考えて席から立ち上がりかけたとき、2つ前の席に座っていた、黒いフードつきの服を着たオバさんがこちらに振り返った。  オバさんの顔は他の乗客に比べてもさらに青白く、頬は痩せこけていた。  失礼を承知で言えば、死神をイメージさせるような顔だった。  ぎょっ、として目が離せなくなりそのまま見ていると、彼女の顔からはどんどん肉が削げ落ちていき、最後には本当の骸骨そのものになった。  フードつきの黒服は魔女が着ているるローブのように変化し、その手にはいつの間にか大きな鎌が握られている。  物語の中の『死神』のイメージそのままだ。  『死神』は僕に語りかけた。 ――いい? このバスは、見ての通り死者専用なの。あなたはまだ乗ってはいけない。すぐに降りなさい。  言われていることがよく理解できない。  ただ、死神の声が予想と違って柔らかく優しいトーンだったので、僕は彼女の指示に素直に従い、次の停留所でバスを降りた。   *****  そこで目が覚めた。森の中で倒れていた。  ポッキリ折れた木の枝と首にかかった縄を見て、自分が今何をしていたかはっきり思い出した。  さっきの夢の中の出来事は、匂いも含めて鮮明に思い出せた。  あの『死神』から漂っていた香りは紛れもなく、一昨年亡くなった母が愛用していた柔軟剤のものだった。  縄とゴミを片付けて家に帰ろう。  週末には久しぶりに地元に戻って、母の墓参りに行こう。  きっと僕には、まだやることがあるのだ。  いや、やれることがあるのだ。  なぜだかそう、強く思った。
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