序章

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序章

(序)  太古より、この世には三種族の人間が共生している。  高い痩躯と鋭い耳、漆黒の髪と瞳を持つ獣種。  色とりどりの髪と瞳を持つ鳥種。  背筋に一筋の鱗を持ち、横に広い口角を持つ魚種。  その三種族がそれぞれ西、南、北に大国を持ち、固まって暮らしていた。  一方で、どの種族か分からない様々な特徴を持つ人間たちが居る。  三種族全ての特徴を持つ者、一つか二つの種族の特徴を一部分だけ持つ者、どの特徴も持たない者。彼らは寄り集まって小さな集落を所々に作り、大国の傍らで貧しく暮らしていた。  三つの大国がこの世を統一するための戦争を始めたことをきっかけに、小国は同盟を組んで覇権争いに参入することになった。  もう何年も決着の付かない争いを繰り返し、荒れた大地が実らせる作物は減り続けている。  ある月の無い夜のこと。  名も無き小国の王子、(ハル)は左肩から腰にかけて背中に大きな創傷を負い、肩で息をしながら闇夜を敗走していた。  襟足から尾てい骨まで一列に並んだ背筋の鱗は所々剥げて傷にめり込んでいる。  晴は自身がしがみ付いている疲れた馬の首を宥める様に叩きながら、ノロノロと走らせていた。どのくらいの距離を走ってきたのかは最早分からない。  小国同盟軍として南軍と戦っていた戦場は遥か遠く、ここには何の音も届かない。夜目を凝らして見えるのは、鬱蒼と茂った羊歯の葉と泥濘が際限無く続く漆黒の森の木々だけだ。    混血児の晴は無数の王が乱立する戦国の世に産まれ、自身も十八で成人すると直ぐに戦場へ出た。  混血のためか怪力の薙刀使いである彼は、馬上から何人も一気に薙ぎ倒すことの出来る強い戦士だ。  しかし最も王に近い者と言われる南の大国の王と合いまみえたとき、仲間である筈の小国同盟軍のリーダーに後ろから剣で切り付けられた。  大国に食い物にされ貧しく困窮している小国の者同士、信頼関係にあると思っていたのは晴だけで、小国同盟は南の大国に既に買収されていた。  戦士の中でも群を抜いて強かった晴を討てば豊かな暮らしをさせてやるとでも持ち掛けられたのだろうか。  晴は怪力に任せて長柄の薙刀を振り回し、戦場で何度も仲間を救ってきた。  しかし強敵である大国の王の首を欠こうとしたその時、晴の背中を守る者は誰一人として居なかったのだ。    勝てる戦だった。後少しでこの戦乱の世を統一する王となれる筈だった。    命からがら誰も寄り付かない東の森へ逃げた晴は、絶望し死に場所を求めていた。  暫く進むと、柔らかく沈む大地を嫌がり、馬は首を仰け反らせて嘶いた。背中から血を流し馬に凭れ掛かっていた大柄な身体は呆気なく擦り落ち、闇雲に走り去る愛馬に踏まれぬ様、鍛えられた筋肉を縮こめることしか出来ない。 「……ここまでか」  冷えた泥に片頬を着け、強張らせていた全身からついに力を抜く。重たくて仕方の無い瞼がゆっくりと閉じ、空色の瞳を隠した。  心の中は、悔しさと憎しみで溢れているが、この傷ついた身体ではその恨みを晴らすことは出来そうにない。     晴は霞掛かっていく脳裏に無念を繰り返し過ぎらせ、やがて気を失った。    晴の倒れたこの森は、人の立ち入らぬ東の森。    その特別な妖術を忌み嫌われ排斥された者たちの住まう土地である。
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