愛しきひとの元へ(3)

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露天風呂にしては、あまりにも広大で、果てしなく何処まで続いているのかわからない。 ここは池か湖か、或いは川にでも繋がっているのではないだろうか。 吃驚し過ぎて、忙しなくキョロキョロと辺りを見回す俺に 「ここは、俺が龍の姿になって湯浴みをするには丁度よい大きさなのだよ。」 「え…丁度よいって…龍になったまるさんって、もっと小さくて…こんな広さに収まるサイズじゃなかったよ?」 「元の大きさだと慎也が怖がると思ってな。 小さくしておっただけのことだ。 龍は、本来の身体の大きさと霊力が比例するものなのだよ。」 「…そうだったんだ…俺の知らないことばかりだ… ということは…まるさんの“霊力”は滅茶苦茶凄いってことだよね!?」 「そういうことになるな。 俺だって、ただ年月(としつき)を重ねてきたわけではない。 慎也に再び出会って結ばれることを夢見て、ひたすらに修行を重ねたのだ。」 愛おしそうな視線でじっと見つめられる。 龍の修行は、海に山に里に数百年から千年、と聞いたことがある。 俺のためだけに……長い長い時をたったひとりで、どの位の苦しい辛い思いをしたんだろう。 幾ら記憶を封印していたとはいえ、何も覚えていない俺をずっと見守ってくれていたまるさん。 今世また、俺が思い出さかったら、またまるさんは…… いろんな感情が混ざり合って、もう、胸が一杯で名前を呼ぶことしかできない。 「まるさん…」 涙の膜がぶわりと張って、まるさんの顔がボヤけて見える。 続けて、『ごめんなさい、ありがとう』…と動く唇からは声が出ない。 まるさんは、それだけで俺の気持ちの全てをわかってくれたようだった。 ちゅ、と唇に触れるだけのキスをして 「何故に泣く? 今、こうして願いが叶ったのだから、これまでの修行など取るに足りぬ。 慎也、この先、互いの命の果てるまで、俺から離れるなよ。 いや、何があっても離さないし離れない。」
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