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いにしえの約束
田舎の路線バスの乗客は、予想していた通り俺1人だった。
一面に広がる田んぼと連なる山々が、青い空をジグザグに切ったように目の前に広がっている。
ざわざわと揺れるまだ青い稲の葉。
雲一つない晴天。
何処かから、エンジン音に負けぬ程の鳥の囀る声が絶え間なく聞こえる。
運転手に断りを入れて、窓を少し開けた瞬間、くんっ、と青臭い風が鼻先を擽った。
「うわぁ…気持ちイイ…」
吹き抜ける風は、どこまでも澄み切って爽やかで、懐かしい。
最寄駅からタクシーを使っても良かったのだが、ゆっくりと歩を進めたくて、敢えて2時間に1本の路線バスに乗った。
程なくして目的地を告げるアナウンスにベルを鳴らして、お礼を言って降りた。
「すっげぇ田舎。でも、やっぱ…懐かしいな。」
独り言を言いながらバス停から少し歩くと、目指す祖母の家が見えてきた。
この家には何度も来ているけど、最後は祖父の葬式で来た、俺が小学校の頃だっただろうか。
ここは父の実家だ。
離婚した父の仕事の都合で一緒にアメリカに渡り、それなりに青春時代を過ごし、就職もそのまま現地を選んで、日本に帰ることはなかった。
仲の良い友人も知人もあの広大な国にいる。
今まで生きてきた半分以上を捨てる気は更々なかったんだ。
でも…心の何処かにこの風景が居着いて、折に触れ思い出すことがあったのだ。
日本への転勤を機に、約20年ぶりに訪ねた祖母の家は、あの頃のまま変わっていなかった。
「ばあちゃん!!!」
「慎也、よく来たね。
…まぁ…こんなに立派になって……」
俺の手を両手でそっと包み込んだ祖母は、俺よりずっとずっと小さくなっていた。
「…随分とご無沙汰しちゃって…ごめんなさい。
親父も一緒に帰りたかったんだけど、どうしても仕事の都合がつかなくて…」
「いいのよ。便りがないのが元気な証拠。
さ、疲れたでしょ?中に入って!」
少し涙ぐんだ祖母に手を引かれて、昔話に出てくるような家に足を踏み入れた。
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