エピローグ

1/8
114人が本棚に入れています
本棚に追加
/109ページ

エピローグ

「はぁ、いい天気だこと。 まるさん、今日も一日みんなが元気に過ごせますように、お願いいたしますね。」 初江は、小さな祠に向かって合わせていた両手を解くと、“よいしょ”と立ち上がった。 やっと夏の暑い盛りを過ぎて、空には秋を感じる鱗雲が薄らと広がっている。 恙無くゆったりと日々が過ぎていく。 ここでの老人のひとり暮らしは時間に追われる生活ではないし、家で誰かに気を使う必要もない。 田舎な故、近所付き合いも都会よりそこそこにあるから、老老介護よろしくお互いに仲良く声を掛け合っている。 それでも、ひとり、またひとりと昔からの知り合いが旅立っていくのは寂しい限り。 いずれ私も、順番がくれば… 時折、息子の別れたお嫁さんが訪ねてきては世話を焼き、世間話をして帰って行く。 どうやら、未だに私を心配して安否確認をしにきてくれているようだ。 ちょっぴり気の強いひとだけれど、能天気な息子とは意外と上手くやれてたと思っていたのに。 同居なんてしていなかったし、帰省しても私と揉めることはなかった。 勿論、嫁いびりなんてしたことがない、はず。 所謂嫁姑問題は全く関係なく、『性格の不一致』で別れた、と聞いている。 息子と縁が切れたとはいえ、こうやって気にして会いにきてくれるなんて、私は幸せ者だと思う。 そんなことを考えながら家に入ると、テーブルの上の箱に目がいった。 そうだ。 朝のティータイムは、昨日いただいたクッキーにしよう。 早速、とっておきの紅茶を取り出した。 茶葉をサーバーに入れお湯を注ぐと、みるみる薄茶色の柱が立ち染まっていく。 ティーコージーを被せて出来上がるまで、ころんと丸いクッキーをひとつ、口に放り込んだ。 口の中でほろりと崩れたそれは甘くて、それだけで幸せな気分になる。
/109ページ

最初のコメントを投稿しよう!