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エピローグ
「はぁ、いい天気だこと。
まるさん、今日も一日みんなが元気に過ごせますように、お願いいたしますね。」
初江は、小さな祠に向かって合わせていた両手を解くと、“よいしょ”と立ち上がった。
やっと夏の暑い盛りを過ぎて、空には秋を感じる鱗雲が薄らと広がっている。
恙無くゆったりと日々が過ぎていく。
ここでの老人のひとり暮らしは時間に追われる生活ではないし、家で誰かに気を使う必要もない。
田舎な故、近所付き合いも都会よりそこそこにあるから、老老介護よろしくお互いに仲良く声を掛け合っている。
それでも、ひとり、またひとりと昔からの知り合いが旅立っていくのは寂しい限り。
いずれ私も、順番がくれば…
時折、息子の別れたお嫁さんが訪ねてきては世話を焼き、世間話をして帰って行く。
どうやら、未だに私を心配して安否確認をしにきてくれているようだ。
ちょっぴり気の強いひとだけれど、能天気な息子とは意外と上手くやれてたと思っていたのに。
同居なんてしていなかったし、帰省しても私と揉めることはなかった。
勿論、嫁いびりなんてしたことがない、はず。
所謂嫁姑問題は全く関係なく、『性格の不一致』で別れた、と聞いている。
息子と縁が切れたとはいえ、こうやって気にして会いにきてくれるなんて、私は幸せ者だと思う。
そんなことを考えながら家に入ると、テーブルの上の箱に目がいった。
そうだ。
朝のティータイムは、昨日いただいたクッキーにしよう。
早速、とっておきの紅茶を取り出した。
茶葉をサーバーに入れお湯を注ぐと、みるみる薄茶色の柱が立ち染まっていく。
ティーコージーを被せて出来上がるまで、ころんと丸いクッキーをひとつ、口に放り込んだ。
口の中でほろりと崩れたそれは甘くて、それだけで幸せな気分になる。
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