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暫くして泣き止んだ初江は、晴れ晴れとした顔で縁側から降りて来た。
そして、もう一度祠の前にしゃがみ込むと、優しい声音で語りかけた。
「ねぇ、まるさん、あなたは“思いびと”に会えたのかしら?
古文書の最後のページにいつ書いたのか、新しい墨色でそう付け足したように書いてあったけど…
不思議ね…さっきのあの声はとても懐かしくて愛おしくて…誰の声か忘れてしまってるけど、私にとってとても大切なひとの声だと思うのよ。
『おばあちゃん』と呼んだから、私の身内なんでしょう。思い出せなくてごめんなさいね。
でも、まるさんと一緒にお供物を食べてるということは……
きっと今は、そのひとと幸せに暮らしているのでしょうね。
『きっと』じゃなくて、『絶対』ね!
まるさん、どうかそのひとと、ずっとずっとお幸せに…
また美味しいスイーツが手に入ったらお供えするわね。
だからこれまで通り、私達をこの村を…どうぞお守り下さい。」
まるさん、またね!と軽く手を振って、初江は足取り軽く家に入って行った。
覚えていてくれた。
まるさんと、俺の幸せを祈ってくれている。
俺は涙が止まらなかった。
まるさんに背中からすっぽりと抱きしめられ、その腕をぎゅっと握って、先程の言葉を思い出していた。
『とても大切なひと』
『思いびと』
『ずっとずっとお幸せに』
「慎也…初江は、俺と“慎也”が結ばれたことに気が付いたようだな。
時々こうやって初江の様子を見に来よう。
さて、名残惜しいだろうが俺達も戻るとするか。」
涙を優しく吸い取り、遠慮がちに触れてくる唇に身を委ね、あちらの世界へと戻って行く。
「もう大丈夫。」
俺は泣き腫らした顔で、それでもとびっきりの笑顔をまるさんに向けた。
ねぇ、ばあちゃん。
心配いらないよ。付け加えられた文の通りだから。
『長い時を超えて愛を貫いた2人は、命の続く限り幸せに暮らしました』
完
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