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次に目覚めた時は、障子越しにほんのりと茜色が差す頃だった。
「…夕方?…」
「慎也、目覚めたか。気分はどうだ?」
「もう平気。大丈夫だよ。
…あっ、俺が急に居なくなってばあちゃんが心配してるかも…」
まるさんは、あのまま俺の手をずっと握ってくれていたらしい。
その手がさり気なく離れていった。
右手の温もりが去っていって…俺は何故か、大切なものを失う気がして、胸が締め付けられるような思いがした。
そんな俺の様子には気付かないのか、まるさんは俺の頭をそっと撫でながら
「あっちとは時間の進み方が違うから大丈夫だ。気にするな。
ところで腹は減らないか?
見繕って作らせたのだが、食べれそうか?」
「そういえば…お腹空いた!
『作らせた』って、誰が作ってくれたの?
ここには他に誰かいるの?」
「いいや。俺の身の回りの世話をする眷属がいるのだ。
中々役に立つぞ。
おい、入ってもいいぞ。」
まるさんが障子の向こうに呼び掛けると同時に扉が、すっ、と開かれた。
その真ん中に、ちんまりと伏しているのは、淡い水色の狩衣と藍色の指貫(袴)を着た少年だった。
流石神様に仕える眷属と言うべきか、彼からもまるさんのような清々しい空気を感じる。
やはり普通の人と違うのは…彼の頭にウサギのような耳が、ぴんと立っていることだった。
「勿忘、伏していては顔が見えぬよ。」
勿忘、と呼ばれた彼は、ゆっくりと頭を上げた。
そしてにっこりと微笑むと、弾むような声で答えた。
「神子様、お帰りなさいませ。
いつものようにお口に合うように心を込めてお作りしました。
どうぞお召し上がり下さいませ。」
「勿忘!余計なことを申すな!」
神子様?
お帰りなさいって?
不思議に思って見上げたまるさんの耳が紅く染まっていた。
まるさんに咎められて、ぺろりと舌を出した勿忘さんは、それでも悪びれる風もなく、膳を幾つも運び込んでくる。
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