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“まるさん”は暫く悲しそうに見つめていたが、頬を赤く染め慌てふためく俺の様子に気付いたらしい。
ずずずっ、と距離を詰めてきたかと思うと、がばっと抱きしめられた。
!?!?!?
「…慎也…」
甘くて芳しい香りに包まれた。
俺を抱きしめる力加減を途轍もなく嬉しく感じてしまう。
愛おしげにゆっくりと頭から背中を撫でられて、吃驚し過ぎて声も出せない。
喉はカラカラで息をするのも忘れそうになっている。
でも、でも、でも
この香りを
この温もりを
この声音を
この感触を
俺は…俺は全部それらを知っている!!!
「慎也…俺を…この俺を…すっかり忘れてしまったというのか…」
きっと何か大切なことを忘れているのであろう俺のことを責めるでもなく、ただひたすらに辛そうなまるさんの声音が俺の心を震わせる。
俺はブルブルと首を振った。
「…ごめん…まるさん、俺、まるさんのこと、忘れてるんだろ?ごめん…でも、俺、覚えてるよ…まるさんの香りも、体温も、声も…でも、もっと大事なこと、あるんだよね?
ごめん、忘れてごめんね、まるさん…」
まるさんは俺を抱きしめていた腕を緩めると、ゆっくりと首を左右に振った。
「謝るな。お前のせいではない。
いずれ…時期がくれば思い出せる…思い出すはずだ。
とりあえずは『まるさん』を覚えていてくれたんだろ?
…今は、それでいい…」
悲しそうに俯く姿に俺は何とも言えない気持ちになり、言葉を掛けるタイミングを失ってしまった。
謝罪がダメなら何て言えばいい?
聞きたいことはたくさんあるのに、胸が詰まって黙ったまま、まるさんを見つめるしかなかった。
そんな俺を気遣うように、まるさんは明るい声で
「久し振りに会えたんだ。
空中デートと洒落込もうか。」
と告げると、あっという間に龍の姿になった。
それはそれは大きな美しい金龍だった。
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