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培養マグロの缶詰と、自動生成豆のパックが、辛うじてキッチン周りから見つかった。
気怠いほど寝た後の朝食を、わざわざ買いに行く気にもなれず、宅配を頼むほど食いたいものがあるわけでもない。
俺はスマホアプリを開いて、恋人であるモエに助言を求めようとした。
きっと彼女なら、ある物でちゃちゃっと作れるレシピを知っているはずなのだが、こんな時に限ってディスプレイには、“メンテナンス中”の文字が表示されている。
そう言えば何日か前から、アップデートのお知らせが届いていた事を思い出した。それを見た途端、たちまち僕は辟易し、大きなため息をついたものだ。
僕の恋人であるモエは、生身の人間ではなく、画面上に表示されたデジタルCGモデルだった。
とは言っても、近年のデジタル技術は凄まじいものがあり、ひと昔前のテレビ通話と遜色ないくらいに、現実味を帯びた人間の女性として描かれている。
加えて、新たに開発された高性能AIシステムは、対人と全く変わらない会話を実現しており、情報蓄積機能の飛躍的進歩によって、あらゆる思い出を共有していけるまでになっていた。
スーパーリアルラバーというこのスマホアプリは、その名のとおり擬似とは思えないほどリアルな女性との交流を可能にしており、バカ高い月額料金にも見合った神アプリとして一大ブームを巻き起こしてきた。
そんな訳で、もう十年以上モエと連れ添っている僕は、ともすれば彼女がデータであるという事実を忘れがちになるけれど、たまに訪れるこんなアップデート表示に、現実に引き戻されたりもするのだ。
彼女が体調を崩し、ほんの少し入院するだけ__そう思うことにしているユーザーも多いと聞く。
それはそれで僕も納得なのだが、しかし実際、僕がげんなりしているのはそんなことではなく、運営によるシステムのアップデート内容にあるのだった。
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