297人が本棚に入れています
本棚に追加
/73ページ
夜、扉の開く音がして、奏斗が帰ってきたのだとわかる。
雪哉はぱたぱたと玄関まで駆けつけると、「おかえり」と言ってやった。
「……まだいたの」
はい、予想通り。
靴を脱いで家の中に入っていく奏斗うしろをついていく。彼はお疲れのようだった。
鞄を置いて、コートを脱ぐ。雪哉は奏斗が落ち着くまで待つ。
「……なに?」
さすがに雪哉の視線が気になったのか、振り返って聞いてきた。
「あー、うん。今ちょっと話いいか?」
奏斗がソファに座ると、雪哉もその隣に腰掛けて、体を向ける。
そして雪哉の言葉を待つ奏斗に、
「俺のこと飼わない?」
と普通に言った。工夫も何もない。
「は?」
奏斗はすぐ眉間に皺を寄せ、どういう意味だと当然の反応を見せた。まあ、そりゃそうか。
しかし、雪哉はいくら次の飼い主に困っているからと言って、この男を試さないわけにはいかなかった。ヒモだからといって下に回る気はない。
「まあ、そのままの意味だよ。猫みたいに俺を飼うってこと。それよりも金は断然かかるだろうけどな。俺は働かないし、家事もしない。どうだ?」
じっと奏斗の目を見据える。
さあ、嫌がるか、悩むか、笑うか。
しかし、奏斗は変わらない表情で、
「まあ、いいけど」
とあっさり承諾した。
「え、いいのか」
「は? お前が頼んできたんだろ」
「頼んで……っつーか」
あくまでも上から言ったはずなのに、頼み事として処理されてしまったとは気に食わない。
「まあ、なんとなくそんな感じしてたしな。ニート? ヒモ?」
「ヒモ」
「何が違うんだよ」
さあ、知るか。
「それにしても……お前、あの頼み方で通ると思ったのか?」
そして突然、堪えきれないといったように笑った。
あ、こいつ笑うんだ……。
「そういうの、普通もっと詐欺みたいな感じでジワジワやるのかと思ってた。お前はっきりしすぎだろ」
面白そうに話す奏斗。
他の人は知らないが、雪哉は自分で口説いて転がり込むのではなく、もっぱら向こうから誘われるスタイルだった。だから、今回は仕方なくこうしているだけだ。
しかし、あんなに愛想が悪かったのに、いっそ上機嫌で、不思議な男だ。
「……本当にいいんだな」
途端に居心地が悪くなって、少し弱気に最後の確認をする。それに、あまりにあっさりすぎて拍子抜けだ。
「好きにすれば。どうせ暇だから」
「あっそう」
ふん、暇だから飼うってか。まあ今はそれでいい。
だけど、飼い主になったからには自分に興味を持ってもらう必要がある。そして、どうしようもなくなったそれを、せいぜい利用してやる。
最初のコメントを投稿しよう!