それはびーどろのように

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あの水飲み皿の奥にいるのが、キントンの子供。いま、穴から顔を出したのが、マルウェルの子供。  かつての担任の先生が、隣で指差し教えてくれる。親切心を前に言い出せずにいるものの、いづみには、ひと目でおおよそ、どの兎がどの兎の子供か判別できた。小学校を卒業したのは五年前で、記憶にはおぼろげな部分もあるけれど、生物係で世話していた兎たちの特徴は、全て鮮明に覚えていた。  いづみが直接世話をしていた兎で、いまも生きているのはクルミとサンボの二匹だけになってしまった。後の兎たちはこの五年で寿命を迎えた。悲しいけれど、病気や事故で死んだ兎は一匹もいなかったから、それはよかったと思う。 「クルミもサンボも、すっかりおじいちゃんになるわけだ。いづみちゃんを見ると、そう思う」 「なんでですか?」 「だって、すっかり大人っぽくなって」  いづみは、ミディアムに切り揃えた小麦色の髪に手をやった。毛先を内側にくりんとさせているのは、友達に勧められたからだ。 「全然、大人っぽくないですよ。私、高校では、よくちんちくりんだって友達にからかわれるんですから」 「そうなのかい? 最近の高校生は、みんなすらっとしてるからなぁ。でも、やっぱり、大人っぽくなったと思うよ、いづみちゃんも」  五十過ぎの先生は柔和な笑みを湛え、しみじみと言った。  大人っぽくなったけれど、大人ではない。だからといって、子供でもない。高校二年生の今は、まさにそんな時期なのだろう。釣り合いの取れていない躰と心は、不思議なバランスを保ちつつ、たまにそのバランスを失ったりもする。  いづみは飼育小屋の兎に視線を戻した。 おじいちゃんになったクルミとサンボは、冬の少し硬い日差しで日光浴をしている。子供兎は戯れあったり、餌皿の野菜や草を齧ったりしていた。 「先生、ありがとうございました。そろそろ帰ります」  眺めていると、長居してしまいそうだった。近くを通りかかったから、ちょっと寄っただけなのだ。ほんとうは小屋の隅に溜まった糞とか、餌皿の周りに散らばった食べかすとか、気になる部分を手入れしたいと思うけれど、それは今の生物係の仕事だ。 「またいつでも様子を見においで。ここの兎はみんな、いづみちゃんからしたら孫みたいなものだろう」 「あはは、私、この歳でおばあちゃんになっちゃった」
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