それはびーどろのように

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 いづみは先生の冗談に明るく笑い、また来ます、と答えて母校の小学校を後にした。  マフラーに首を埋めた。吐く息は白い。道の雪は除雪された後で歩きやすいけれど、油断すると凍ったところで滑って転んだりする。 小学校からの帰り道。歩道の右側、林の広がる斜面の上の方で、猫が威嚇する声が聞こえてきた。 ――猫同士が喧嘩してる?  いづみは足を止めた。直後、一匹の猫がすごい勢いで飛び出してきて、車道を渡って小学校の校庭がある方へ逃げ去っていった。  少し気になり、雪の降り積もった斜面を登っていった。雑木林の、白樺の根元に、何か小さな人形のようなものが落ちていた。 「うそ、人形じゃない、生きてる」  いづみは人形を拾おうと手を伸ばすと、人形だと思ったものが、苦しそうに寝返りをうち、こちらを見上げてきた。掌ほどの、人の姿をした小さな小さな生き物。 絵本で、読んだことがある。 「あなた、コロボックル?」  そう問いかけた小人の手元には、カブトムシの角を研いだ剣のようなものが落ちていた。 「ひどい怪我」 コロボックルは足と肩に大きな引っ掻き傷を負っていた。布切れをポンチョのように着ている服に、血が滲んでいる。猫と争っていたのは、この小人のようだった。 ――わ、わ、どうしよう。 いづみは立ち上がり、辺りを見渡してから、またしゃがみ込んだ。コロボックルは頬にも擦り傷がある。小さな、黒真珠のようにつぶらな瞳を、こちらに向けている。 「よ、よぅし」 いづみは握りこぶしを作って両脇をきゅっと締め、決心した。怪我したコロボックルをそっと掬い上げた。 家に連れ帰ると、まず湯の支度をした。 湯が沸くのを待つ間に、いつか雑貨屋で一目惚れして買ったけど全然使っていなかったバスケットを出してきて、そこに綿と布を敷き詰めて小さな寝床を作った。コロボックルをそこに寝かせ、2階の自分の部屋に運んだ。 湯が沸いた。ガーゼを浸し、火傷しないよう湯を絞ってから、それでコロボックルの傷口を拭った。 「水、飲める?」  小さじで水を近づけると、コロボックルは少し首を上げ、口をつけた。小さい喉が、コクリと動く。 「ひゅぅ、ぴろり」  コロボックルが口を動かした。口笛のような音がした。それきり、コロボックルは目を閉じ、眠りに落ちた。今のは、コロボックルの言葉だったのだろうか。だとしたら、なんと言ったのか。ありがとう?
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