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いつものように仕事が終わり、ご飯の支度をしていると彼氏が帰ってきた。いつもの「ただいま」という声が聞こえず、玄関の開閉音で彼氏が帰ってきたことに気がつき、
「どうしたの?」
と、聞くも彼氏の表情は浮かない。
すると、小さな声で「親父が死んだって」と答えた。仕事帰りに折り返した電話で彼氏は父親の訃報を知ったらしい。私は驚いて言葉を失った。お互い年に何回か自分の実家には帰省はしていたが、彼氏の両親に会ったことはなかった。
「俺、これからとりあえず実家戻るから。あの人一人じゃなんもできないんだ」
彼氏は自分の母親のことを、あの人と呼ぶ。私はそれに深く言及したことはない。彼氏なりの照れ隠しのつもりかもしれないし、特に理由はないのかもしれない。
「……そう、残念だったね……」
私はそれしか言えず、慌ただしく帰省の準備をする彼氏を見てた。途中、「何か手伝うことある?」と聞いたけれど、彼氏は「大丈夫」とだけ私を一瞥することもなく答え、キャリーバッグのチャックを閉めた。この前地元の友人の結婚式に出たばかりで、スーツを実家に忘れてきたと言っていたことを思い出す。彼氏はあれよあれよと言う間に、何が入っているのかパンパンに膨れ上がったキャリーバッグを玄関まで持ち運んだ。いつも旅行に行くにも荷物が少ない彼氏にしては珍しくバックはパンパンに膨れ上がっていることで、私は彼氏の動揺を悟った。
「忌引きの連絡はしてあるから。挨拶もまだなのにこう言うこと言うのはおかしいかもしれないけど、もしも、何かあったら来てくれる?」
彼氏はそう言って私を見た。
「もちろん行くよ。私にできることならやらせて」
丁度私は休日出勤分の代休で明日から二連休だった。
私達は軽いハグをした後に玄関先で別れた。玄関の隙間から見える彼氏の顔をドアが閉まるまで見つめていた。
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