パリピ彼氏

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 一人になった部屋で私は考えた。キッチンではまだ切っただけの野菜が、まな板の上で所在なさげに並べられている。会ったこともないし、持病があるとも聞いていなかった彼氏のお父さんがどのように亡くなったのかは聞いていない。彼氏も説明するだけの余裕はなかったのだろう。  ここで私は一つの可能性に思い当たった。今回のお父さんが亡くなったということも本当はサプライズなのではないだろうか。今まで数々のサプライズをしてきた彼氏ならば十二分に考えられる。実の父親が亡くなったという笑えないような冗談でも彼氏ならやってしまうような気がしたのだ。私は彼氏が脱ぎ散らかして行ったワイシャツやら何やらを片付けた。彼氏のお父さんが死んだという事実があるならば、会ったこともなければ籍も入れていない私が呼ばれる可能性は限りなく低いと思った。彼氏から結婚をほのめかされたこともないのだから。  次の日の朝早くに、スマホの着信音で目が覚めた。 「もしもし?」 「あ、朝早くにごめん。親父の葬式なんだけどさ、言ってなかったけど俺んちあんまり親戚とか少なくて。それで、俺が喪主をやることになったんだけど、もし良ければ手伝いに来てくれないかな?」  彼氏は今までになくしおらしい様子で私にそう言った。 「うん、いいよ。じゃあ、これから向かえばいい?」  急な呼び出しに私は面食らいながらも、断る理由もないので快諾した。昨日の彼氏と同様、衣類や着替えなど、必要なものをキャリーバッグに詰め込んで早々と家を出た。彼氏は忙しいらしく、新幹線に乗ったとメッセージを入れたが、特に返信はなかった。しばらくして、「忙しくて迎えに行けなさそうだから、地図を見ながら来て欲しい」というメッセージと共に住所が送られてきた。彼氏の実家に一人で行くことに緊張しながらも、私はなんとかその一軒家を見つけることができた。駅の中を歩く距離が思ったよりも長く、ヒールを履いた足が少し痛んだ。  彼氏の家は思ったよりも古めかしい様相をしていた。忌中の立て札は立っておらず、私の想像通りであったことに少しホッとする。インターフォンを押すと奥の方から彼氏の「入ってきて!」と声をかけられたのでそのまま私は「お邪魔します」と声をかけ、靴を揃えて家の中に入る。入ってすぐのところに仏間があり、何人かの中高年層の人たちが座っているのが見えた。  あ、と思った時にはもう遅く、彼氏が向こうから歩いてくるのが見えた。彼氏と目が合う。 「お前、なんでそんな格好してるの……?」  私はこの前の結婚式と同じワインレッドのドレスを着て立っていた。パンプスを長く履いていたせいで、床と足の裏の間に変な浮遊感がある気がする。 「あれ、もしかして、さっき言ってた彼女さんかい?」  奥の方から女性の声が聞こえ、足音がする。私は身を隠そうとするが、もうときすでに遅しで、姿を現した女性と目が合う。  私は脱いだばかりのパンプスを素早く履き彼氏と女性に背を向け走り出した。きちんと履かずに飛び出したせいで足が痛い。スマホのバイブレーションがバッグの中から聞こえてくる。私は逃げるようにひたすらその場から立ち去った。五年間一緒にいたはずの彼氏の感情の機微にも気づくことができない私は愚か者で、サプライズを嫌だという本心を伝えられなかった私は臆病者だ。 「驚いた? サプライズだったの」  そう言って私は通話を切った。
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