ある剣士の、相棒の物語

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 獣は歌うことが大好きでした。  穏やかだった故郷。 彼にしか理解できないながらも楽しげに獣が歌うさまを、剣士はよく優しい眼差しで見ていたものでした。  幼い頃からの大切な相棒。  滅ぼされた故郷をともに立ち、頼れるものは互いだけ。剣士が心を許せる唯一の存在、獣もそれをよく分かっていました。  大切な故郷を滅ぼされた敵討ちをしたい。  持っていた優しい心を代償にするような大切な相棒のその強い願いを、物言えぬ獣はどうして責めることが出来たでしょう。  獣は昔通り自分を優しく撫でてくれる彼の温かい手を心地良く感じたまま、朝まで目を覚ましませんでした。  明くる日、獣は剣士の姿が無いことに気付きます。  宿の主人や女将のなだめる手を振り切り、獣は急いで敵の居城に続く道に走りました。  剣士である相棒の姿はもうありません。  獣は泣きました。  立ち止まったまま、居城が見えるその道で。  道行くものがおさめようとも、足蹴にしようとも、鞭で打とうとも…  そして獣は、自分の相棒である彼が本当はどんなに素晴らしい人間であるかを涙を流しながら歌い始めました。  彼の本当の優しき心を、彼の悲しき運命を、彼のことを心から案じながら…  それはさぞ、人間たちからすれば歌っているなど分からないものだったことでしょう。  獣には、人を傷つけることのできない自分が剣士の彼の足手まといになると知っていました。  自分が大きな成りのくせに臆病者なのも分かっていました。  そんな獣を理解し、傷付けたくないがために彼が相棒である自分を置いていったことも…  獣は、泣いて泣いて、歌い続け歌い続け、いつしか…… ………  …僕の話したこの獣の物語の最後がどうなったか、ですって?  それはまだ終わっていないのです。  僕の姿が『人』に変わり、剣士の彼の勇姿を歌いながらその彼を探し続ける、その限り…
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