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「気持ち悪いってホントは思ってんじゃないですか?」
「いや、変な絵だなとは思うけれど別にそれは好みだし」
「……変?」
「いや、髪が尖ってたり、目が大きすぎたり奇形には見えるけれど、別に俺はそれが悪いとは思ってない」
とにかく何か説明しなくてはと、神島は焦って言葉を重ねる。
「メイド服ってアキバだと女の子が普通に着てて、ご主人様とか言わせて、つまりキャバクラみたいなもんだろ?」
柳田はじっと黙っている。
「みんな行くだろ、キャバクラくらい。それよりトイレ、行っていいか」
「だめです」
「えっ」
柳田はドアを押さえたまま、見たことのないほど厳しい顔をしていた。こうやって並ぶと、彼のほうが背が高くて体つきがいいのがよくわかる。
実際、柳田は神島の想像する「オタク」のイメージではまるでない。学生時代はアメフトのサークルに入っていたと聞いた。むしろ対極の印象だ。
「……って言ったら、どうしますか?」
怒らせるようなことを言ってしまっただろうか。神島は本気でわからなかった。
「普段は鍵、かけてるんです……畜生、なんで」
「別に気にすることはない。誰かに言ったりするつもりもないし」
彼が目を離した隙に、神島はトイレに入ろうとする。ばん、と柳田は再びドアを強く叩いた。
「そんなことしたら、いくら神島さんでも許さないですよ」
「言わないって」
柳田の目は真剣だった。仕事中にもこのくらいの気迫を出してほしいと思う。よくわからないが、本当に見られたくなかったらしい。
実害がなければ、何を好きだろうと自由だろう。なりゆきでよく飲む関係ではあるが、柳田の個人的な事情に立ち入るつもりはないし、自分のことを話す気もない。神島は慰めるような気持ちで、笑って柳田の腕を叩いた。
「お前がオタクだろうがロリコンだろうがどうでもいいからそれより……トイレ行っていいか?」
神島は趣味の話など職場でしたことがない。そのつもりもないし、必要もないからだ。
実際、聞こえてくるのは酒、ゴルフ、野球観戦の話くらいだ。本当はもっと、マニアックな趣味を持っているやつだっているのかもしれない。でも、誰もわざわざ声高に宣言したりはしない。
柳田の家で飲むようになったのは、彼がその親が丸ごと所有するマンションに住んでいると聞いたからだった。軽い気持ちでその話題を振った。
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