70人が本棚に入れています
本棚に追加
柳田はしどろもどろになって、何とか受け答えをするのが精一杯だった。
課長の話は長かった。過去の案件まで持ち出してたっぷり絞られる。柳田は頭の中でひたすら、昨日のアニメのことを考えていた。あれは神回だった。どうにか今、脳内で再生できないだろうか。早く家に帰りたい。
何とか頭を下げて席に戻ると、机の上に缶コーヒーが置いてあった。誰かが置き忘れたのかと思った。
「神島さんが」
だが、向かいのデスクの成川が、こっそり教えてくれた。神島は席にはいなかった。おそらく出張に行っているのだろう。
彼は入社当時から面倒をみてくれた先輩だった。大きな取引先をいくつも抱えており、本人もしゅっとして格好がいい。
「俺……これ飾っておこうかな」
「飲めよ」
この仕事は向いていない。でも幸い、回りの人には恵まれている。
それに、自分には趣味がある。来月には好きなアニメシリーズの新作も始まる。社会人になって使える金も増えた。限定BOXだって買えるし、チケットも買える。
向いていないけれど、何とかやっていけると思っていた。あの日、神島に趣味の小部屋を見られるまでは。
神島は先輩だ。同期でもないし、同い年でもない。似ているところはそう多くなかった。
自分は長男だけれど、彼は次男だ。出身も自分は福岡で、彼は秋田だった。大学時代の専攻も、好きな酒も外見も……趣味も違う。
でも、彼と酒を飲みながら話す時間は楽しかった。あこがれの先輩と、二人きりで飲めるようになって柳田は浮かれていた。
彼とは職場が変わっても付き合い続けたいと思っていた。でも、彼が自分の趣味を否定するならば無理だ。そこは柳田として、どうしても譲れない一線だった。
だから神島を避けた。そうするしかなかった。だがそのうちに、神島の方から飲みに行こうと誘いがあった。柳田は胃が痛むのを感じる。断っても、神島はなぜかと聞いてきたりはしないだろう。そうしてゆっくりと疎遠になっていく。それがいいのだと思っていた。
そつのない文面を柳田はじっと見つめる。
指定されたのは、デート用としか思えないおしゃれな創作居酒屋だった。照明が暗い。今は彼女はいないと聞いたが、彼ならばまたすぐに相手を見つけるだろう。
最初のコメントを投稿しよう!