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気心の知れた相手であっても、家は少し緊張する。普段と違う意外な側面や、何か見てはいけないものを見てしまうような気がするからだ。
同じ理由で神島達夫は、誰かを自分の家に呼ぶのは苦手だった。でも、最近よく来る後輩の家はやけに居心地がいい。あまりに居心地がいいので、つい飲み過ぎるのが玉に瑕だ。
「あれ?」
すっかり酔っ払った神島達夫はそのとき、トイレのドアを開けたつもりだった。だが、そこは見覚えのない小部屋だった。二畳くらいだろうか。普通の部屋にしては狭いが、物入にしては広い。
神島の目の前にあったのは、マネキンに着せられたメイド服だった。メイド服だけではない。その部屋はこれでもかというほどぎっしりともので埋め尽くされていた。ポスター、キーホルダー、DVD……どれも色がどぎつく、目の大きな女の子のイラストが描いてある。
「うーん、これは……」
神島は一度扉を閉める。確かに今、自分は酔っている。だがまさか幻覚を見た、というわけでもないだろう。
もう一度扉を開ける。ご丁寧に、ドアを開けると自動で電気がつく。小部屋の中はやっぱり、ぎっしりともので埋まっていた。
「先輩ー、大丈夫ですか? 吐いたりしてません?」
「あ」
柳田がやってきたのは、ちょうど神島が中を深く覗き込んだときだった。
「ああーっ!! 何してんすか!!」
「いや違う、トイレに行こうとして……」
「そこでションベンしたら殺しますよ!!」
そういえばまだトイレに行っていない。そのことを思い出して、神島は扉を閉め、改めて廊下の反対側にある扉を開こうとする。
だがそれを阻止したのは柳田だった。ばんとトイレのドアを叩き、神島を追い詰めるようにして言う。
「見ましたね?」
「暗くて見えなかった」
「電気ついてましたよね?」
「高機能だな」
もともと彼は、わりとそそっかしい。神島の三つ年下だが、入社以来何かと面倒をみており、ペアを組むことも多かった。
「いや……間違えて開けたのは悪かった。でも、人間色々あるもんだし気にするなよ」
よくない、と顔だけで柳田が言っているのがわかる。そんなことより、神島はとにかく早くトイレに行きたかった。
「ほら、アキバとか最近は普通の人でも行くだろ? 別に俺だって偏見はない」
「本当ですか……?」
さっさとトイレに入らせてほしいのに、やたらと柳田はしつこかった。
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