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「暗くなってきたから、送るよ」
立ち上がって私を見た橘くんは、いつもの橘くんだった。
「いいよ、もう頑張らなくても。本当はめんどくせえなって思ってない?」
「思ってないし。吉澤さん、俺のことなんだと思ってるの?」
「まだよくわかんないかな。橘くんは“なんでも軽くこなしてる”って、勘違いしてたみたいだから」
私がニヤリとすると、橘くんは大げさに嘆いた。
「そんな意地悪な子だと思わなかったなあ」
「私も、橘くんがそんなに見栄っ張りだと思ってなかったなあ」
私は慎重に、失敗しないようにいつも気を張っていた。毒舌を引っ込めて、なるべく誰も傷つけないように。落ち着いたしっかり者だと、周囲から思われたくて。
橘くんもまた、飄々として何にも動じない人だと、思われたかったのだろう。
でも今、私たちはお互いに、自分が被っていた仮面を外してしまった。それはきっと、大きな変化だ。今年最大で、人生でもベストファイブには入る、ビッグバン級の。
きっと明日から、私に見える世界は変わる。その変化に不安はない。ただひたすらに、わくわくする。
「変わらずに守り続けることも、大事だと思うけどさ」
「鯛焼きみたいに?」
そう、と私は笑う。
「でも、変わることは、怖いことや辛いことだけじゃないよ、きっと」
私は橘くんの手に触れる。彼が少し遠慮がちに、私の手を握った。
一人から二人になれば、強い風が吹いても、飛ばされることはないだろう。過ぎ去るのを待つ間、手を取り合って隠れていたっていい。いつか、風も雨もやんで、太陽が顔を出す。いつか、必ず。
大丈夫だよと伝えたくて、私はぎゅっと、橘くんの手を握り返した。
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