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花のうてな 3
舛花の前で倒れてから二日後。
升麻は起き上がれるまでに回復した。
まだ二日目だというのに大失態を犯してしまった…
男衆が持って来た食事に手もつける気にもならず、升麻はうな垂れていた。
自分の不甲斐なさに腹が立ってくる。
楼主はもちろんだが、一番はあの教育係の舛花に情けない姿を見られてしまったことが悔しかった。
あぁいう嫌がらせをしてくる奴はこれまで何人も見て来た。
体が弱く学校を休みがちなことを「ズル」だとか「仮病」だと言ってくる奴。
三崎インテリアという会社、そして祖父が社長ということを妬んで嫌がらせをしてきたり陰口を叩く奴。
優しく接すると見せかけて、取り入ろうとしてくる奴。
だから升麻は舛花に嫌がらせを受けても平気だったし、むしろ絶対弱いところを見られたくないと思っていた。
だが大きな口を叩いた割には弱々しいところを見せてしまった。
こういう時、自分が丈夫な体に生まれて来なかったことが悔やまれる。
「やっぱり追い出されるかな」
升麻はため息をつきながら呟いた。
楼主には升麻が病を抱えていることを悟られてはならないと言及されている。
だが舛花の前で倒れてしまい、病名はまだしも虚弱体質であることは知られてしまっただろう。
しかも、あの時感じた胸の痛みはどこかいつもと違っていた。
舛花の手が肌に触れ、体温を感じた瞬間…なんともいえない感覚が身体を襲ったのだ。
近くで見た舛花の美しく整った顔。
サラッとした明るい髪…薄い唇。
鼻を擽る甘い香り。
シャツのボタンを外されているにもかかわらず、身体を一ミリも動かす事ができなかった。
まるで時が止まったかのように。
「あぁ…もうっ…」
升麻はそれらを振り払うように頭を振った。
相手はあの舛花だ。
あの嫌がらせをしてきたすこぶる性格の悪い男。
セックスのことしか頭にない下半身だけで生きているような軽い男だ。
何度思い返してもあの男に動悸が乱されてしまったことが悔しくてたまらない。
とにかく今は舛花よりも楼主への言い訳を考えなければ…
升麻は気持ちを切り替えるようにノロノロとベッドから降りた。
食事を持ってきた男衆が新しいシャツを一緒に置いてくれている。
ゆうずい邸の男娼は着物での生活が原則だが升麻は洋服でいることを認めてもらっていた。
その理由は胸にある手術痕を隠すためだ。
着物だと心許なく、少し乱れただけで胸元が見えてしまう恐れがある。
胸の中央に真っ直ぐ伸びる開胸の痕。
この傷痕は升麻にとってコンプレックスそのもの。
絶対に誰にも見られたくないものなのだ。
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