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花のうてな 5
「今日から教育係を務める事になった紅鳶だ」
その日、突然現れた男を目の前に升麻は思わず口をぽかんと開いたまま放心した。
なぜなら、その男が今まで見た男の中でずば抜けて男前だったからだ。
彫刻像のような彫りの深い顔。
着物の上からでもわかる逞しい体。
立ち振る舞いや所作がいちいち美しく、初対面でも彼が只者ではない事を肌で感じる。
「あの…ま、舛花…さんはどうしたんですか?」
紅鳶の放つ得体の知れないオーラにたじろぎながら升麻は訊ねた。
「舛花は通常業務に戻る。元々こういうのは裏方の仕事なんだ」
裏方…?
その言葉に升麻の頭に疑問符が浮かぶ。
てっきり紅鳶は舛花と同じ男娼だと思っていたからだ。
圧倒的な存在感とオーラ。
目鼻だちのどれひとつをとっても、目の前にいる男こそ表舞台で輝くべき人間だ。
どうして裏方の仕事なんかしているのだろう?
まじまじと見つめていると、その視線に気づいた紅鳶が僅かに目を細めた。
「舛花に何か嫌な事をされたか?」
「はい」とも「いいえ」とも言えない質問に升麻は思わず言葉を詰まらせた。
升麻の態度を見て察したのだろう。
男の口元がフッ、とゆるむ。
「あんな態度を取っているが、一応伸びしろのある奴なんだ」
紅鳶の甘い笑顔にも驚いたが、それ以上に舛花の事をよく知っている事に驚く。
紅鳶以外の男衆たちは皆、舛花に対してどことなく軽い気持ちで接しているように思えていたからだ。
初対面の印象のままだったら升麻もきっと男衆たちと同じ態度をとっていただろう。
だが、升麻のコンプレックスを知ってもひやかしたり誰かに口外しようとしなかった。
軽い男を演じているが、仕事に対しても真面目で何より優しい。
舛花という男は元来誠実なのだと思うようになったのだ。
そして、舛花との研修で今まで知らなかった知識を得ることはもちろん、舛花自身の事も知りたいと思うようになってきている。
それをより強く思わせたのが昨夜の出来事だった。
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