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昔からドラマチックに演出された映画やドラマのキスシーンを観ては大袈裟だなと内心思っていた。
だがそんな考えは一変した。
不意に近くなった舛花の顔。
唇に触れた柔らかな感触。
甘い匂いと吐息に思考が止まった。
地に足がついてないようなふわふわとした感覚のあと、世界がたちまち色づいた。
本来なら見えない空気や音にまで色がついたように感じたのだ。
だが、きっと舛花は違うだろう。
升麻は唇を噛むと小さくため息を吐いた。
今まで何十人、何百人と口づけを交わし、甘い言葉を囁き、肉体を重ねてきている舛花にとってキスなんて挨拶の一部のようなもの。
研修の一環だったのかもしれないし、ただの気紛れでしたのかもしれない。
どちらにせよ特別な意味などないのだ。
だが升麻にとって、昨夜の出来事は生涯忘れることができないものとなった。
初めはここで誰よりも長く時間を過ごしているからそう感じるのだと思っていた。
歳下が頼りになる先輩に憧れるような感覚だ。
だが、紅鳶を前にしてそれだけではないとハッキリ気づいた。
真剣な表情をした横顔。
少し荒っぽいが柔らかな口調。
時折見せる無邪気な笑顔。
さりげない優しさ。
目、鼻、口、肌、体温、仕草、視線、声、空気…
舛花の全てが愛おしく、胸を高鳴らせる。
好き…
そう思った瞬間、胸につっかえていた何かがストンと落ちた気がした。
舛花が好きなのだ。
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