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淡々と告げられる舛花の言葉。
升麻は唇を噛むと膝の上で拳を握りしめた。
「そんなこと…わかってる…」
一筋縄ではいかないことくらい升麻だって理解していた。
舛花の指摘通り、升麻は経験も知識も少ない。
だが、それを承知の上で今まで頑張ってきたつもりだ。
「わかってない。ここがどれだけ厳しい世界かお前は…わかってない」
舛花はそう言うと苦虫を噛み潰したような顔をした。
その表情に釣られるように升麻の表情も険しくなる。
「だったらどうして最初から諦めろって説得しなかったんだよ…どうして今更そんな事言うの…?僕の努力が…足りないから?」
「違う」
「あぁそうか…舛花は僕が嫌いだったんだよね。だから一度は力になるふりしてたんだ。それで本当はずっと心の中で笑ってたんでしょ?」
「違うっ!!」
蜂須の小さな部屋に怒号が響く。
ビリビリとした緊迫した空気は肌に刺さるように痛い。
だが升麻の心のもやもやはどんどん膨らみ、頭の中にまで広がっていく。
「よく聞け。ここにいる男娼も客も狼なんてもんじゃない、獣だ。手前の欲求を満たすために人の人生がどうなろうと知ったこっちゃない連中ばかりだ。その中にお前みたいな人間が入ったらどうなる?食い尽くされておしまいだ」
「そうならないために…舛花が色々教えてくれるんじゃなかったの?」
「そうだけど…やっぱりダメだ。座敷に上がったら…お前は…」
何を言ってもダメ出しをする舛花に、升麻の気持ちは引き裂かれるようだった。
舛花がいたから頑張れた。
舛花が根気よく付き合ってくれたからここまでやってこれたというのに。
その舛花の口からやめろと言われた事がショックだった。
こんな風に言い争いなんかしたくなかった。
舛花への特別な気持ちに気づいてから、升麻の世界は瞬く間に色づいて…
片想いとはわかっていたけど、舛花の存在が今までの暗い升麻の人生を変える事ができるような気がしていたのに。
目頭がじわじわと熱くなってくる。
発作の時以上に胸が苦しい。
升麻は一度鼻を啜ると、何とか涙を堪えながら立ち上がった。
「もういい。舛花は僕の教育係から外れるんでしょ?せいせいするよね、僕みたいな病弱で無知な奴の教育係から解放されて。安心して。これからは紅鳶さんに色々教えてもらうから。だからもう舛花とは…」
「…っ!!」
背を向けた瞬間…
不意に背後から足を払われて升麻はバランスを崩した。
畳に打ちつけられると思ったが、寸前で腰を掬われ引き寄せられる。
気がつくと目の前には舛花の顔があった。
「じゃあ聞くけど、セックスはどうやって知るつもりだった?知識だけで客を抱けるのか?」
鼻先はぴたりとくっつけられ、少し顔を傾ければ唇が触れそうな距離だ。
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