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すると舛花の指の先で細い肩を震わせなが升麻が呟いた。
「やっぱり…僕だとそんな気にならないよね」
「え…」
明らかにショックを受けているのがわかり、舛花は慌てて否定した。
「ち、違うっ…」
セックスを前にブレーキをかけたのも初めてだが、傷ついた表情をする相手を前に心が締めつけられたのも初めてだった。
「これ、見たから?」
升麻はそう言うと、ぐい、とシャツを引っ張った。
上から3つボタンの外されたシャツは胸元が大きく開き、升麻の肌を惜しげもなく晒す。
その隙間から見えたのは、日に焼けたことのない透き通るような白い肌。
それといつか見た開胸の痕だ。
升麻はこの術痕をコンプレックスに思っているらしい。
出会った当初たまたま目にしてしまったのだが、その時の動揺は尋常ではなかった。
確かに誰にでもあるような傷ではない。
だが、舛花にとってその傷痕そのものがブレーキをかける要因ではない。
目が引き寄せられてしまうのは肌の白さに映える薄桃色の小さな突起の方だ。
カッと顔が焼けつくように熱くなり、舛花は咄嗟に目を逸らした。
「バカ、気安く見せるな」
「舛花だから見せてる」
その言葉に舛花は一瞬目を丸くする。
「お前…誰にそんなセリフ教わったんだよ」
「舛花だよ」
舛花は頭を抱えると唸った。
なにも知らない升麻に客を歓ばせるノウハウを叩き込んだのは間違いなく自分だ。
「…こんな風に誘ったら引く?」
頭を抱える舛花の腕の間を縫って、升麻が上目遣いで訊ねてきた。
曇りのない宝石のような透き通った瞳が舛花を真っ直ぐ見てくる。
少し力を入れたら簡単に手折れてしまえそうな細い首と腰。
薄く開かれた唇は妙に色っぽく、舛花の下心を刺激してくる。
この細い腰を掴んで、思い切り突き上げたらどんな甘い声を出すのだろうか。
その時、ドクン、と心臓が強く鼓動を打った。
自分だけのものにしたい。
そう思った途端、たちまち独占欲が溢れてくる。
升麻はいつかゆうずい邸の男娼として客を抱く身だ。
そのためにここで研修を受けている。
いつ、楼主の気紛れで研修が終わってしまうかわからない。
いつ、舛花の手を離れてしまうかわからない。
今ここで、確実に自分のものにしてしまわないと。
升麻だってその気なのだから。
口の中に溢れた生唾をゴクリと飲み込む。
だが、欲望に流されかける寸前でハッと我に返った。
「俺は…今まで散々色んな奴とヤってきた。でもいつだって自分が気持ちよくなる事しか考えてこなかった。升麻が好きだ。求めてくれるのは嬉しい。でも俺、怖いんだ…きっと俺は、お前を殺す」
大事にしたいと思う気持ちと、独占欲との板挟みで気が狂いそうになる。
だれかれ構わず手を出しまくっていたプレイボーイの肩書きなんて、本気の恋を前にしたら全くの無意味だと気づいた。
すると、升麻がフッと微笑んだ。
その表情にまた、心が奪われる。
「あのね」
升麻はそう言うと、舛花の手を取った。
その手はゆっくり導かれ升麻の左胸にあてがわれる。
手のひらから伝わる鼓動。
それは舛花と同じくらい、いや、それ以上に力強い。
「ほら、ちゃんと動いてるから大丈夫だよ。それより舛花に触ってもらえないことの方が死にそう」
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