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花のうてな 9
「舛花…舛花、ねぇ、舛花ったら聞いてる?」
肩をトンと叩かれて、舛花はハッとした。
目の前には馴染みの客の男が、首を傾げてこちらを見上げている。
今は仕事中で接客の真っ最だったことにようやく気づいた。
「どうしたの?ボーっとしちゃって」
頭ひとつ分低い位置でジャケットに袖を通しながら、男はくい、と顎を上げてきた。
「ほら、ネクタイ。締めてくれるんじゃないの?」
「あ…あぁ、悪い」
舛花は握りしめていたブランドもののネクタイを男のシャツの襟に通した。
「今日本当おかしいよ。エッチの最中も心ここに在らずって感じだったし。まぁ、ちゃんと気持ちよかったからいいけど」
男の言葉に思わず苦笑いを浮かべる舛花。
心ここに在らず…それは舛花自身自覚があった。
ぼんやりとさせている原因はもちろん数日前に結ばれたばかりの恋人、升麻だ。
初めて会った時はガリガリで幸薄そうで。
ひ弱なくせに気だけは強くて、舛花を引っ掻きまわす、目の上のたんこぶのような存在だった。
だが今ではしっかり心を掴まれ、頭の中は升麻の事でいっぱいになっている。
特に数日前にしたセックスは、これまでしたどんなセックスより遥かに気持ち良く、愛おしい気持ちで胸がいっぱいになった。
今まで自分がどれだけ身勝手で、ただただ性欲を解消するだけのセックスしかしてこなかったかよくわかる。
その証拠にここ数日仕事でするセックスに、感じなくなってきていた。
さっきだって升麻との初セックスをおかずにようやく腰を振れているという感じだったのだ。
「ありがと」
舛花がネクタイを結び終えると、男が艶かしい仕草で首に腕をまわしてきた。
「顔もタイプだし身体の相性もいいし、俺舛花となら結婚できるかも。身請け、本気で考えようかな」
甘ったるいフレグランスの香りを纏わた男の唇が舛花の唇を軽く啄ばむ。
以前の舛花ならそんな誘いにノっていたかもしれない。
愛だの恋だのそんなものがなくてもセックスと金さえあれば生きていけると思っていたからだ。
だが、今はそんな事微塵も思わない。
升麻という存在のおかげで、自分でもおかしいくらい、考えが180度変わってしまっている。
「俺なんか囲っても苦労するだけっすよ」
舛花の言葉に男の表情がたちまち冷めていく。
舌打ちとともに舛花の胸を突き飛ばすと、ふいと背中を向けた。
「せっかく延長して泊まってこうと思ってたのにつまんないの。いいよ、次は違う子指名するから」
来た時とは真逆の態度で出て行く客の後ろ姿を見送りながら「ああ…また客減ったな」と呟く。
だが、やはり頭の中は升麻の事でいっぱいだった。
急いでシャワーを浴び、香水臭い着流しから洗いたてのものに変える。
舛花はそっと蜂巣を抜け出した。
今夜はさっきの客で最後。
寮に戻る際の監視役である男衆が迎えに来るまでもう少し時間がある。
その僅かな時間でも升麻の顔が見たい。
初めて身体を重ねた後、升麻は体調を崩して療養している。
それを自分のせいだと舛花が嘆くと、升麻は首を振りそれは違うと断言した。
季節の変わり目はいつもこうなる、数日寝ていれば良くなるから、と。
青白い顔で気丈に振る舞う升麻を前に、自分の無能さに腹が立った。
変わってあげられたらどんなにいいか。
せめて半分くらい背負ってあげられたら…
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