花のうてな 9

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しかし、こればかりはどうすることもできない。 舛花にできる事は、升麻の回復を祈りながら待つ事だけなのだ。 その時通りかかった中庭が目に入った。 広大な淫花廓の敷地には広い庭があり、彩りの花々が沢山咲いている。 気休めかもしれないが外に出れない升麻の気を少しでも紛らせる事ができるかもしれない。 勝手に摘んだら怒られそうな気もしたが、今なら庭師もいないはずと升麻はそっと中庭に降りた。 「これ…」 舛花が照れながら花を差し出すと、升麻はキョトンとした表情で見上げてきた。 照れ隠しに唇を尖らせる舛花と、その手に握られた花を交互に見比べながら升麻は「僕に?」と訊ねてくる。 「他に誰がいるんだよ。言っとくけど、貢がれることはあっても貢いだことなんかないんだからな!」 慣れない事にどんな表情をしたらいいかわからない舛花は気の利かない言葉を早口で捲したてた。 いつもの舛花ならもっと色気のある言葉を言えたはずだ。 元気になれ、とかお前の笑った顔が見たくて摘んできた、とか。 しかし、なぜだか升麻の前になるとそういう演技ができなくなってしまう。 くそっ…なんで嫌われるような事言っちまうんだよ、俺は! 心の中で自身に叱咤していると升麻はその手から花を受け取り、 「ありがとう」 と微笑んだ。 その嬉しそうな微笑みに胸がいっぱいになる。 気の遣えない舛花の言葉に腹を立たせたりせず、心の底から喜んでくれる升麻。 この存在を守りたい…大切にしたい… 改めて強く思う。 抱きしめてしまいたい衝動をグッと堪えて、舛花はベッド横にある椅子に腰掛けた。 升麻は、舛花の摘んできた花を愛おしげに見つめている。 美しく咲き誇る花々の中から舛花が選んだのは俯向きに咲く小さな花だった。 薄紫色がかった透明感のある白い花で、下向きに咲く可憐な花。 長い茎の先にペンライトを吊るしたような形をしている。 花の形はまるで蓮のようだが、蓮にしてはとても小さい。 名前もわからないその小さな花は、誰にも目に留まらないような木々の間で見つけた。 俯向き、静かに咲く小さな花。 大輪の花が咲き乱れる中で、舛花にはその花が一際美しく強く見えたのだ。 「この花…見たことあるんだけど名前なんていうのかな…」 升麻がぽそりと呟く。 「今度庭師に聞いといてやるよ」 舛花がそう言うと、升麻は少し困ったような顔でありがとうと微笑んだ。 「それより具合はどうだ?」 「舛花が来てくれたから元気になった」 「またそんなセリフ…どこで覚えたんだよ」 「舛花だよ。客の心を掴む言葉その五、とか言ってなかったっけ?」 「また俺か…」 舛花は目をくるりとまわすと天を仰いだ。 「確かに効くな」 「舛花にしか言わないよ」 「そうしてくれ」 舛花はそう言うと悪戯っぽく笑う升麻を引き寄せた。 その肩は以前抱いた時より更に細くなったような気がする。 顎も、首も、腕も、肉の厚みが薄い。 突然得体の知れない不安に襲われた。 このまま、升麻がいなくなってしまうのではないかという考えが頭を過ったからだ。
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