花のうてな 9

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黙り込む舛花の腕の中で升麻が小さく首を傾げる。 「舛花?どうしたの」 ぎゅっと眉を寄せると、舛花はその華奢な肩を更に強く抱きしめた。 「升麻が…」 「うん?」 不安を口にしようとして寸前でやめる。 それを口にしてしまったら嫌な予感が現実に起こってしまいそうな気がしたからだ。 「早く元気になれるように俺の有り余るパワーを分けてやった」 咄嗟に言い換えた舛花の言葉に升麻が声を上げて笑う。 そのコロコロとした笑い声を聞きながら、舛花は暗い不安を無理矢理心の隅に追いやった。 大丈夫。 そんな簡単に引き裂かれるはずがないと言い聞かせて。 「だったらずっとこうしててくれる?」 体を離した升麻が舛花を見上げながら訊ねてくる。 薄い輪郭を指先でなぞりながら、舛花は問い返した。 「抱きしめるだけで足りるのか?」 途端に甘くなる空気。 升麻の眼差しがトロリと溶けていく。 その眼差しにつられるように舛花も熱のこもった視線で升麻を見つめると、ゆっくりと顔を近づけた。 だがその時。 部屋の扉をノックする音が二人の間を遮った。 「このタイミングで来るか、普通」 舛花は顔を引き攣らせると忌々しい目つきで扉の方を睨みつけた。 もう少しで唇が触れそうだったのだ。 「本当すごいタイミングだね」 苛立つ舛花とは違い、升麻は無邪気に笑っている。 その笑顔につられるように舛花も笑みを溢した。 こうやって升麻がくだらない事で笑ってくれるたびに安堵する。 こんな風に笑ってるんだから大丈夫だと。 「続き、後でちゃんとするからな」 照れる升麻の髪をくしゃくしゃと掻き混ぜると、舛花は升麻の代わりに扉を開いた。 そこにいたのは楼主だった。 着流しに懐手、無表情といういつものスタイルだ。 内心まずいと思ったが、なんとか平静を保とうと努める。 まず舛花は既に罰が解かれている身。 この時間は見世で客の相手をしていなければならない。 次に升麻との仲だ。 この淫花廓の最も重大な禁忌であるのが男娼同士の恋愛。 つまり、二人が恋仲である事は絶対にバレてはいけないのだ。 お互い誰にも他言していないが楼主は異様に察しがよく勘が鋭い。 この男の前で少しでも動揺すれば完全に命取りになる。 「よう体調はどうだ」 楼主は部屋に入るとすぐに升麻に声をかけた。 「お気遣いありがとうございます。今日は随分気分も良いです」 「そうか」 楼主はそう言うと、今度は舛花の方に視線を向けてきた。 「お前はなんでこんなところで油を売ってやがる。客はどうした」 升麻に対する態度から一変、ナイフのような鋭い眼差しに一瞬竦んでしまう。 「あ〜…えっと、何か気分が乗らないからって帰っちゃって」 舛花は髪をくしゃくしゃと掻きながら答えた。 「ちょうどフリーになったから来てみたんですよ。ほら、一応升麻俺の教え子だから見舞いに」 「確かこいつの教育係は紅鳶に任せた気がするが」 楼主がすかさず指摘してくる。 「え、そうなんすか?紅鳶さん忙しいから忘れてるのかも」 心臓の動機を隠すように、舛花はにこりと笑って見せた。
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