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花のうてな 10
ミサキインテリアの事を楼主から聞かされた翌日。
運転手の迫間が訪ねてきた。
淫花廓の入り口で別れてから数ヶ月しか経っていないにもかかわらず、五歳は老けたような感じがする。
年のわりにいつもしゃんとしていた背中はすっかり丸まっているし、目の下も落ち窪んでいる。
顔色も悪く、何日も眠れていないかのように見えた。
「お加減はいかがですか」
升麻を見て笑みを浮かべる迫間。
だが、その瞳に以前のような生き生きとした光はない。
「大丈夫です。迫間さんこそ大丈夫ですか?」
升麻の痛々しい笑みを浮かべる迫間を心配して椅子に座るよう促すと、迫間は申し訳なさそうに腰掛けた。
「ミサキインテリアが淫花廓との契約を切ったというのは本当ですか?」
迫間が腰掛けるや否や、升麻はすぐに本題に入る。
升麻の言葉に迫間は眉を下げるとゆっくりと頷いた。
「はい…実は升麻様がここへ入られてからすぐに洋介様とよう子様が升麻様に代わって社長を務めると言いだしまして…」
洋介というのは伯父で、よう子というのは升麻の母親の名前だ。
「それで会社の方針やスタイルを一掃し、ミサキインテリアを新しく改革したいと…。これまで契約を結んでいた会社…特にこの淫花廓はミサキインテリアのイメージを壊すものだと騒ぎ始めて…。もちろん皆止めたんです。淫花廓をはじめ、現状でミサキインテリアと契約している企業は裏の業界では大手ばかり。その後ろ盾を失ってしまったらミサキインテリアは改革どころか経営自体危ぶまれます。しかしお二人は全く聞き入れてくれず、それどころか強く反対する者を理不尽な理由で解雇までするように」
「そんな…」
自分の知らない間に起こっていた事の重大さに思わず言葉を失ってしまう。
「運転手の私は会社の業務に直接かかわっていません。ですが先代が…あの方が数えきれないほどの会社に足を運び、頭を下げる姿を誰よりも近くで見てきました。人との繋がりが大切だと会社が大きくなってからも自らあちこちに出向き、ご自身の時間を削ってまで会社のために働いていたんです」
迫間はそう言うと深く項垂れた。
「私は悔しいです。あの方の血と汗と涙で築かれたものがアッサリと捨てられてしまうのが…。あの方がどれだけ大変な思いをされたか、なぜ親族であるあの二人が理解していないのか…本当に悔しくて…」
「迫間さん…」
網の目のような深い皺の刻まれた手が拳の形になる。
その拳は震えていた。
まるで迫間の心中を表しているかのように。
「申し訳ございません。私情を挟んでしまいました。運転手として失格ですね」
無理矢理張り付けたような笑顔に胸のどこかがツキンと傷む。
迫間は長年升麻の祖父の運転手を勤めてきた男。
性格は穏やかで真面目で物静か。
いつも空気のように祖父のそばに寄り添っていたイメージがある。
そんな迫間が感情をあらわにしている。
恐らく彼の言う通り祖父の苦労や苦悩を誰よりも近くで見てきたからこその感情なのだろう。
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